はじまりましたね。

これでまた眠れない日々が続きそうだ。

まったく日本の裏で開催するのはやめろとあれほど・・・。


今日はひとまずジャンプノーマルヒルの予選

葛西はもとよりヤンネ・アホネンがまだいることにビックリ。

まぁこの世界なら年齢的にもまだやれるか。

でもバイスフロク・ブレーデセン・ゴルトベルガーの3強時代に代わりアホネンが台頭してきて興奮していたのはもう今はとても昔な気がする。


っていうか、来週今年初スキーに行ってくる。

こんな競技見てたら思わず真似したくなっちゃいそうで怖いわ。。。

「脂肪が残っている内に筋トレすると、脂肪の上に筋肉がついて痩せにくくなる」


なんて言うデマをついさっきまで信じ込まされていました。はい。


なんでも冒頭のトークはエステティシャンのキラートークなんだとか。

エステする上で筋肉があると邪魔と言うことらしいが、ハテサテ真相はいかに。


ところで、俺は禁煙もひらすら我慢で乗り切ったように、モノに余り頼りません。

そう言う自分との戦い系のやつに1円たりともお金をかける気にならないから。

だからダイエット本だの、ネット上にゴマンとある如何わしいノウハウ本みたいなのには一切手をつける気がありません。

だけどネットから拾える情報自体は当然有益なものも多々あるので、無料であるなら活用すべしです。

そんな中でその手のサイトに飛び込んでしまうことは多々あります。


しかし、その手の情報商材系のサイトって何でどれもこれも縦に異様に長い1ページ構成なんでしょうかね。

訪れる人は右側のスクロールバーを見てげんなりしないのでしょうか。

キャッチコピーもほとんど一緒だしさ、なんか見た瞬間から詐欺くさい臭いしかしないのだけど。

詐欺で無いなら尚更あの構成やめた方がいいと思う。

まぁ俺の知ったこっちゃないんだけどさ。


▼今日の夕飯

「きりたんぽ鍋」


を外食したら鍋に茶碗一杯のご飯がついてきた。

あれ、きりたんぽの原料ってなんだっけ・・・。


勇気を持って茶碗3分の1ほどご飯を残させて頂きました。

ああ、よそわれたメシを残すなんて俺の人生に今まであったかどうか・・・。


今日の夜はもったいないお化けが出てくるに違いない・・・。


一を聞いて十を知る


のは意外と得意な方だと思っちゃったりしてる方なんだけど、


0から1を創る


のは相当できない子である。


まぁそりゃ誰だって難しいよと思ってくれるかもしれないが、そんな中でもきっと俺は残念な方。

一言で言えば勇気が足りないのだと思われる。


けれど、そんな俺でも新しいことは大好きで、

例えばまだ行っていない○○県に行こうだとか、○○鍋を食べてみようだとか、

むしろ来た道と同じ道で帰るのが嫌だとか、日々代わり映えもしない仕事なんてやってられるかだとか。

・・・社会人には向いていない。


まぁそう言う話がしたいのではなくて、

実は携帯の話。


10年前に織田裕二と一緒にドコモからau(当時IDO)に乗り換えて以来、ずっと使っている人間なんだが、当然ながら問い合わせ先と言うとauショップか、auお客様センターである。

と言うか、携帯に限らず、商品を買ったら説明書を読むのが面倒くさいので、すぐに客センにかけちゃう方である。だから意外とかけなれてる感はあるかもしれない。

いや、クレーマーじゃないから・・・。


いやまぁ何が言いたいかと言えば、今日初めてかけたソフトバンクの客センの話。


ちょっと知り合いに頼まれて、のりかえ割だか、ただともだかの話を聞くために電話してみたのである。

そしたら、オペレーターさんからのトークにとても違和感があったのだ。


「お電話ありがとうございます」だか、「お待たせ致しました」だか何から始まったかもう定かではないが、そんな枕詞から始まるのはどの世界でも同じだろう。

しかし名乗りの最後にこんなことを言って要件に入るトークは聞いたことがない。


「~担当○○でございます。よろしくお願いします」


なんかとても胸に響いた。

急所をつかれてしまった感じである。

いや、何とも思いませんか?


「よろしくお願いします」

確かにこの言葉は電話の会話として王道であり、よろしくしてもらう必要なんか全くなくても、とりあえず言葉のつなぎや区切りに使っておくことが出来るとても素晴らしい副詞(?)である。

これは、「ほぼ日刊イトイ新聞」読むまでもなく有名であろう。

しかし、よく考えてみれば本当によろしくしてもらいたいこの場面、これからお世話になろうと言う冒頭の定型挨拶中に「よろしくお願いします」を入れる人は何故か1人も知らない。

だから新しかったのだ。

胸を突き刺されてしまったのだ。

そして、自然と悪い気はしない。

なんかこの言葉にこんな効果があったのかと思うほど、心が晴れる。


尚、この後もちょっと色々あって何度か問い合わせをすることになった。

そして確信した。

この人たちは、「全員、冒頭の挨拶に、“よろしくお願いします”をつける」と言うこと。


最近どこにもかけてなかったけど、もしかして今の時代どこでもそうなのだろうか?

それともソフトバンク(と一部)だけ?

いや、これは真似した方がいいんじゃないだろうか。


よし、俺も月曜から試してみよう。

「おはようございまーす。よろしくお願いしまーす」


なんか、居酒屋の店員っぽい。。。


▼綾辻行人「Another」


発売直後からアマゾンで長らく完売してましたが、ようやく手に出来ました。

いやぁ綾辻氏の著作を新書で買うのは初めてかもしれない。

なんだかんだ言って「十角館の殺人」がシンプルイズベストで面白かっただけにもう一度あの衝撃を味わいたいなぁと思っています。

でもこれってもしかして、ホラー?

そのジャンル苦手なんだよね。囁きシリーズも読んでないし。。。



▼3年前にちょっと健康オタクになりかけた時があった。

そして、見てはいけないその頃のデータがうっかり視界に止まり・・・。

あやうく仕事を休みそうになってしまった。


なんと体重が10kg増えてる。。。ってのは、うすうす気づいていたんだけど、

体脂肪から内臓脂肪と言った各々がもう見てられない。

こりゃまずいぞと奮起して今年の目標を立てる


・1年で体重を10kg落とす!!


焦ってはいけない。

ゆっくり時間をかけて落としていくのが、ダイエットの秘訣。・・・のはず。

とかなんとか言いながら2週間経ってなんら変化の無い体に早くも泣きそう。

それでもなんとか頑張ろうとしている矢先の話。


俺「よし、今日の夕飯はカロリー抑えられたぞ。満腹感も残せたし、この調子だぜ」

友『よぉ~元気?お土産にたい焼き買ってきてあげたよー』


・・・ぇぇ

こんなんじゃ、だめだ~


▼Qさまの予告でとうとう漢検一級合格者が出たと言ってますね。

いやぁ、この一級ってやつは本当にバケモノですわ。

準一級に合格して「ここまで来たら一級も」なんて思ったのが大失敗。

素人が手を出してはいけないかと。。。

つうか、もっと他にすることあるだろ!って過去の自分に突っ込んでやりたい。

それくらい無理。

それでも本当にここまで来たら・・・


・今年中に漢検一級合格!!


ああ、そうそう準一級辺りから言えることですが、テレビの問題を見て自分はイケルとか決して思わないように。

あれは、テレビ用に誰が見ても「へ~」って言える問題であることがほぼ前提になっています。

実際は、「なに、それ?漢字どころか、そんな言葉知らないけど」って問題がほとんどかと。



▼今年中に初詣をする!!




さきほどテレビで流れていた言葉「理屈っぽいタイプ」

ちょうどそこで先日に親から「あなたって理屈っぽいね」と言われた記憶を思い出し、

何の気なしに「理屈っぽい」と言う言葉をググってみた。


一番初めに検索されたのが「教えてgoo」

だが、そこで思わぬ驚きを受けてしまった。

「理屈っぽい人間」の定義について、自分の思い描いていたイメージとみんなが明らかに違うのだ。

いや、この回答の中でも様々な主観に基づいた定義が示されていて何が答えかはわからない。


自分的に「理屈っぽい人間」と言うイメージは、

「物事を全て理論だてて考えてしまう人間」のこと。

ゆえに、時にその議論を必要としていない会話であったり、気持ちの問題だけでしゃべる人間には逆効果となる。

先のサイトで言えば回答者3の人が近い。


例えば、

「何か言って欲しいわけじゃないの。聞いてくれるだけでいいの。」

みたいな誰しもがどっかで聞いたことがあるようなセリフが飛び交っている場において、相談内容に対して、

「そりゃ、おめーのわがままだろ!」

とか、

「あの時こう言う言い方をしていれば、こんなのことにならなかったんじゃない?」

なんて、相手に説き伏せようものなら、それが正論であればあるほど、

「あなたって理屈っぽい人ね!もういい!!」

なんてことになるんじゃないだろうか。

なんちゅう例えだか知らないが。


つまり、「理屈っぽい人間」とは、言われるイメージは悪い(ってか、相手を非難する時に使われることが多い)けれど、定義自体は決してマイナスではなく、理屈っぽい人でも、俗に言う“空気”さえ読めていればなんら問題ないと感じていた。

だから先の会話で親に「あなたって理屈っぽいね」と言われても、話す相手を間違えたかなとしか思っていなかった。


しかし、今回一つ考えさせられたのは、「理屈っぽい人」と言う意味がもつ定義が“人によってひどく曖昧”であるようだと言うこと。

先のサイトの質問者や、回答1,2などが思い描いているイメージとはかけ離れていること。

誰が正しいかは問題ではない。

自分で180度違う定義を持つ人が少なからずいることを意識しなければならないのだと。


そんなことを理屈っぽく(?)考えてみていた。