昨晩、25年前に大阪ヤゴの詩」の詩YWCAで実施した「生と死を考える」3回シリーズに御参加くださった方からご連絡をいただきました。

その時に紹介した「ヤゴの詩」の詩が欲しい。

 

お母様が昨年亡くなられ、日々の忙しさに悲しみが隠されてしまって落ち着いたように思われていたようですが、

1周忌に当たるころにコロナウイルスのパンデミックが起こり、在宅をするようになって1周忌という「特別な日」とパンデミックによる「不安」などの感情がダブルで出たようです。

 

オンラインの個別セッションでお話を伺っていますが、素直に感情を出すことができず、考えて言葉を出そうとするので、今はジャーナルを書くように助言をしています。

 

その中で、「ヤゴの詩」の詩の事を思い出したそうです。

 

直ぐに送ったところ、「じっくり詩と向き合います」とのことでした。

少しでもご自身が抱えている感情が素直に表現できることを願っています。

 

この詩は、私がコロラド州立大学の「死生学」講座でティーチングアシスタントをしていた時に、50代の生徒さんからいただいたものです。

 

この方、8週間の夏の講座の間に5件のお葬式に出られました。そのうちの4件は当時高校生だった息子さんの親友達で交通事故死した人たちのお葬式、そして最後の1件がカリブ海への豪華客船旅行中の実のお父様が船中で突然死され、急きょカリブ海に遺体を引き取り現地でお葬式をしたという体験をされました。

 

丁度、最後のお葬式と講座の終了試験と当たってしまい、後日追試を受けていただいた後、お話を伺いました。

その時、「もう、笑うしかなかったです。本当に悲しくなると、変に気持ちが高揚するのか、笑ってしまって。

私、カリブ海の豪華客船旅行に行くのが夢だったんです。

それが父の遺体を引き取りに行くという形で叶うなんて。

 

悲しいはずなのに、泣けない。

そんな時に友人がくれた詩がこれです。

これを読んだときに『あ~そうなんだよね』と納得できて、心が楽になったんですよ」

 

姿は変わっても、側にいてくれる、という希望を与えてくれる詩だと私も思っていて、父が亡くなった後も「そばにいるんだろうな」と

信じています。そして私自身、いつかヤゴがトンボになる日を目指して日々を生きています。

 

ヤゴの詩

(ウォルター・ダドリー・カーバード作)

古池の底に何匹かのヤゴが住んでいました。

彼らは今までに水面上の睡蓮の枝に上がっていった仲間の誰もが水面下に戻ってこないことを、いつも不思議に思っていました。

 

そこで彼らは「次に誰かが水面に昇ったら、必ず戻ってきて、何が起こったのかを話そう」と約束しあいました。

 

間もなく、仲間のひとりが「早く水面上に上がらないといけない」という強い力を感じ、睡蓮の枝をあがり、そこで美しい羽根を持ったトンボに変身しました。

 

彼は、仲間との約束を守ろうとして水面上を飛び回り、水面下にいる仲間たちを見下ろしました。

 

そして彼は、たとえ仲間が彼に気づいても、だれも美しく変身した自分がかつての仲間だとは気づかないだろうことを知りました。

 

事実私達は、かつての親友が返信した後、彼らを見るどころか、かれらとコミュニケーションをとることが出来なくなります。

 

この変身を私達は「死」と呼びますが、かつての親友が消滅してしまうと証明するものは、何もないのです