10日目
11時にホステルを出てミュシャ展へ。林が通ぶって行きたがっていた場所で宿から歩いて数分のところにあった。草間彌生展でうんうんうなずきわかったふりして楽しむ系のオタクだからこってり美術畑の沼に浸れるかと思ったが、正直そこまでだった。小畑健の原画展に来ているような感覚で『ゾディアック』を見ても「お、ええやん」以外の感情が湧くことはなかった。ミシャが商業用あるいは興行用のポスターを書きまくる人だとは知らず行ってしまったもんだから何だか芸術家と言うよりはビジネスデザイナーのテイストが強いので心の底から湧き起こる純粋な美術作品ではないという重箱の隅をつつくようなダークサイドの思想に犯されっぱなしの一時間半だった。あと通ぶりオタクの林が作品の背景やら好きな作品の説明をし始めたので反吐が出そうになった。林はここの売店でミシャ印のボロキレバッグを購入し恍惚の表情を浮かべておりキモい以外の全ての感情を失った。一番良かった展示はミュシャの軌跡を辿るショートムービーで良い具合の音声と暗さで快眠をかますことができた。ヨーロッパには珍しい撮影禁止の美術展だった。ゴッホのように死後評価されるんじゃなくて、生前から評価されてて良かったよ。女性の絵しか書かないエロジジイという印象も強い。最期ゲシュタポに捕まったのはちょっぴりかわいそうだけど。
大人だからそんな文句も直接はブーブー言わない。外に出て目的もなくフラフラ歩いているとカフカワールドなるカフカの世界観を体感できる展示を発見。『変身』しか読んだことはないが(しかも世界の名作を漫画化!みたいなコミックだったと思う)、安部公房のような世界観(安部公房も短編ちょっとと『砂の女』しか読んでいない)は嫌いではないし即決で入店。
結論から言うとカスだった。カフカの作品の展示というよりカフカ好きを自称する中二病が「カフカワールドつくったぜ!」という感じの内容で、到底フランツ=カフカがどうのこうのと言える中身ではなかった。プラハの地下の旧跡(これもほんとかわからんが)を改装した迷路のような通路に誰の作品かわからん絵がずらりと並べられている。巨大な音声装置からは「Everything is different. Everything is true....」だのなんだの知らないおじさんの声がそれっぽく突然流れたり流れなかったりする。他の部屋からも爆音が流れているので、雑音にしか聞こえずただ耳が痛いだけでもうちょいちゃんとつくれやと思う。通路を抜けると多数のモニターがセットされたルームに到着。独り暮らしにぴったりの16インチ程度の液晶モニターが縦2×横3の要領で壁にかけられたエリアが7つくらいある。エリア毎のモニターは全て同じ映像が流れ、ムービーに深い意味はなかったと思う(全てのモニターが同じ映像になるときもある)。
映像の例をあげると、自分以外の人間は開けられる「EXIT」と書いてある扉のある部屋に永遠に閉じ込められた男性の映像だったり、崖の側になぜか存在するベッドが突然発火して灰になる映像だったり、金庫をドリルでこじ開けた先にあるのが壁でまたドリルで穴を開けても結局壁みたいな無間地獄の映像だったり..。エリア毎の起承転結は全くない。安部公房の作風でよく言われるシュルレアリスムとか不条理とかそういうものを表現したかったようだが、映像は観るにたえずプラハの三流役者たちの学芸会に終始する。部屋に入った瞬間こそゾッとしたが、なれてくると退屈なもので特に発火シーンとか銃撃シーンとかは火のちゃちさが誰の目にも明らか。80年代のアメリカB級映画よりも酷いCGだった。意味はないけど意味はある、考察してもしなくても何か感じただけでワイらの勝ちやで!感もあるのでこういう感想を書いているだけでも奴らの術中にはまっているのかもしれない。Wi-Fiが入ることだけが唯一の救いだった。帰り際、「EXIT」と書いてある扉があったのでドアノブを押したり引いたりしたが開かなかった。「ムービー観たのに何もわかってないわね、あんた」みたいな顔でレセプション担当チェコ美人の姉ちゃんに嘲笑されたときには一抹の殺意すら湧いた。入店時にすれ違った白人の姉ちゃんが「It`s so cool.」なんて言うもんだから期待したが、全くもってビタ一文払う価値のないカスだった。1000円返せ。堺正章なら何個星をつけたろう。














