五八日目
結局、気球で起床が5時前だったことが災いし朝飯を食ったあと14時半まで寝てしまった。バイクでこの辺を散策するのは明日にしよう。
起きて15時頃昼飯を食らう。
なんかこういう系の紙巻きケバブは安い。これは12TLだから、240円くらい。ケバブはトルコで肉料理全般を言うらしいけどプレートに乗ったやつだと一気に25TLとかになる。トルコ攻略の鍵はここにありそう。このケバブカフェで二時間何をするでもなくだらだらしてホステル近くの公園のベンチで何をするでもなくまた二時間まったりした。早く帰宅すると他の滞在者とかスタッフになめられるから。「あいつずっとベッドで寝てんな、何しに来たんや」みたいな感じで。
アイスとビールのコンボで優勝
19時前に前々日に晩飯をいただいたロカンタ(大衆食堂)でディナーを食す。店の親父の愛嬌が心地よい。「今日のおすすめはこのチキンだ。ライスと食うのがおすすめだぜ。スープは?サラダは?」と営業がうまい。この間、食べたときはビールとなすびで36TLだったしここはロカンタだ。チキンは高くても20、ライスとサラダは5TLで30前後と予想。そしたら会計は驚きの45。三食分やんけ、親父にまんまとやられた。値段聞かんかった俺にも否があるけど二度と来やんわい。何が「アリガトウゴザイマス。マタアイマショウ」やねん。
チキンもサラダも素材を活かしたというか、素材の味以外ほとんどしない代物だった。食ったことないけど入院食のごとき薄味。ライスはトルコ特有の芯が残った炊き方、こいつだけしょっぱい。健康的だ。
五九日目
チーズ二切れ、サラミ二切れ、リンゴ一欠片、ミニトマト×2、バケット∞という三日間全く代わり映えのない無いよりはマシとしか言い様のないラインナップのホステルスペシャル朝食を食らったあと、10時頃にチェックアウト。
しようとするが、なぜか12時からしか受け付けてくれないらしい。ホワイトボードにははっきりとCheck out→10amと書いてあるのに。不思議だ。早くこの辺を巡りたいのに、
12時前やっとチェックアウトできた。チェックアウトしますと言ったら「いーよ」だけの手続きやったから10時でも良かったやんか。どうせネットでカード払いしてるから追加料金とかないやん。融通効かへんなあ。
12時頃に一軒目の貸しバイク屋を当たる。1日120TL、およそ2400円とのこと。高い。八時間でいいから負けてよ!と言っても「I do not have that plan.」と。いや時間変えるだけやん。ここはダメ。 二軒目。ここも地雷。客とめちゃくちゃ喧嘩している。客は表に出てるボロくて安い自転車でいいと言っているのに、店側は中から出してきた高級そうな70TLのマウンテンバイクを無理やり貸し付けようとしている。それも店員二人がかりで。ガン見してる俺に気づきながらも対応なし。10分ほど見学するがここは同じような仕打ちを受けそうなのでボツ。三軒目を当たる。 12時半頃本日三軒目の貸しバイク屋、8時間で100TL、約1800円だと言う。高いけれどもまあ、これ以上安いの探すのも面倒だしここでいいや。
車の免許を持っているが原付に乗るのは日本を含めて初めてのことだ。エンジンのかけ方すらわからず、店員に本当に免許を持っているのか訝しがられる。そもそも車も平均で月イチくらいしか運転しないし自転車すらもういつペダルを漕いだのか覚えていない。最初の走り出しで右のスロットルをフル回転させ、腕を持っていかれる。危ない。
3分くらい走ったところで早速こけた。かすり傷ですんだのが幸い。だが原付が全く動かなくなった。というのもびっくりするくらい急斜面 ななめ45°にぶつかり砂利にタイヤを飲み込まれスクーターが前へ進まなくなったのだ。むしろ後退している。そこに謎の救世主ターキーがやって来て原付を押し出してくれた。ええトルコ人もおるんやな。アリガトウゴザイマス。
10分くらい走ったところで停車。ほんとにこの道で行きたいところに行けるか不安になったのだ。マップを開いてみると案の定、逆方向。どうしてこんなに方向音痴なの..。自分が憎い。引き返したらレンタル屋さんを通ってしまう。それはダサい。ルートとプランを変更することを余儀なくされた。気を取り直して出発進行といきたいがエンジンのかけ方がわからず20分ほど悪戦苦闘。もうダメかもと思ったところでなんとかなった。右のハンドルの下にスイッチがあるんですね。また賢くなった。
しばらく国道を疾駆しているとスクーターにも慣れてきた。
世界遺産のど真ん中を突っ走る。気持ち良すぎる。原付でこれなら馬力のあるバイクは況んや、どれほどのもんやねん。それよりまあまあスピード出てるけど今何キロくらいなんやろとメーターを見てみたらあまり速度は出ていない、というか目盛が0から動いていない。おかしいなと思ってよくよく見てみるとこのスピードメーター作動していなかった。とんでもないジャンク品をつかまされたぜ..。やってくれたなターキー。
ハイウェイは車の通りも少ないし歩いている人は一人もいない。アンコールワットを40キロ以上徒歩で歩いたからカッパドキアも余裕で歩けるやろと思っていたが、こいつは無理そうだ。暑すぎるしひとっこ一人いやしないのだから。人がいないのをいいことにずっとカラオケをしていた。ラルクは一曲も歌っていない。あの曲の歌詞のごとく疾走していたという意味です。ドライバーじゃなくてライダーだけど。
楽しいけれど寂しい。理由は明白で結局ひとりになっちゃうとうさぎはんは死んでしまうのだ。寂しくなるとなぜか昔ドルオタだった頃に好きだった曲が次々に頭の中を駆け巡る。ゆえにAKBとかNMBとか乃木坂を無限に歌っていた。タイガーとかファイヤーとか言いながら..。元来のオタク気質というのはちょっとやそっとの期間じゃ抜かれんのでしょう。キモオタだけど、まあ誰に迷惑をかけているわけでもないし構わないだろう。
原付と言えば思い出すのが高校時代のことだ。誰でも受かると言われるあの原付試験に落ちた。あれは、たしか高校一年の春休み。三月のことだ。同じクラスのHくんが学校に原付の免許取りますと申請をしたらしい。自称進学校の母校ではバイトをするにも原付の免許を取るにも何かしら正当な理由(ここでいう「正当」とは担任及び生徒指導のデブが納得するという意味)をつけて申請する必要があった。「バイトするくらいなら、原付の免許取るくらいなら部活やれや」と半ば強制的に生徒たちは何かしらの部活に所属させられ90%を越える入部率だった(その割にラグビーとか軽音とかメジャーな部活はなくてなぜか県内で唯一水球部があった)。母校は「文武両道じゃぬるいわ!両方最強目指せ!『文武一貫』や!」という個性を出したいがゆえにシワの少ない小さな脳みそから絞り出したかのごとき校訓を唱える宗教的学校で多くの信者を抱えていたとかいないとか。進学実績は言うほどでもなかったけれど。そんな自称進学校の母校H高校は40年にも満たぬ短い歴史に終止符を打つことになった。というのは 校舎耐震問題を抱える県内公立トップの奈良高校(正確には奈良教育委員会)のとばっちりを受け、奈良高校がそっくりそのまま校舎だけ移転し、母校は廃校という悲惨な末路を辿ることが先日決定されたからだ。まあそんなことはどうでもいいのだが、学校があまり好きではなかったし当時から反骨精神(笑)に満ち溢れていた私はアイドルに貢ぐために無許可でゴリゴリにバイトもしていたしHくんが受けると聞いて「オラも原付乗るだ」となったのだ。もちろん許可は取得していない。三日ほど過去問を繰り返し解き問題集にあるやつは全て覚えた。一方のHくんは試験場の横に必ず存在する例のアレで一夜漬けならぬ一朝漬けで間に合わせたと記憶している。奈良の試験場が新ノ口(にのくち)というド田舎にあったのだが、全国でも有名なうまいラーメン屋があるところで余裕かまして「昼飯はそこに行こうね」なんてことを俺は言っていた気がする。で蓋を開けてみると涙がこぼれ落ちそうになるほど難しい試験だった。これ進研ゼミでやったとこだ!なんて問題は7割くらいか。あとの3割は初見だった。それでも誰でも受かるはずの試験だから3割の初めましても多分おそらく十中八九常識と言えば常識で普通の人には余裕でわかるんだろう。だが俺には難問に感じられ解けなかった。あと一問のところ88点で俺は落ちた。今でも押し入れにひっそりと不合格を宣告された紙は佇んでいる。その一方でSクセス受講のHくんは余裕でパス。そのツレも受かっていた。あの新キャラは誰だったんだろうと今でも思う。というのは嘘だが二人からの哀れみの視線を背中に受けながら午後の教習に参加することを許されなかった俺はとぼとぼと大都会奈良市の中心に位置する実家の団地に一時間半かけて電車で帰った。社会の厳しさを学んだ切ない思い出だ。今となってはその教習所が下した判断も正しかったかもしれないと思える。一時間で二回もこけたからだ。かすり傷で済んでいるのが幸い。
ピジョンバレー。こいつはすげえと自撮りまでかましてしまった。カッパドキアに入ってからお肌の調子がわりかし良いのに加えテンションも爆上がり。柄にも合わず自撮りなんかかましてしまっている。ほんとにダメだ、こんなことをしているようじゃ寅さんになんてなれやしない。ハマの番長三浦大輔よろしく自撮りスキルもコラフレーム画像並みに仕上がっている気がする。
国道をまっすぐ走るだけなのに迷う。どうしてか原因がわからない。こんなに方向音痴だとナオンに嫌われてしまう。何としても治さなければ..。
無駄足をしばきながら40キロほど走らせて14時半頃カイマクル地下都市に到着。これはグリーンツアーにも含まれる場所だ。レッドツアーとグリーンツアー合わせて60ユーロ。およそ8000円を約1800円でまわっているということだ。有能だ俺。肝心の地下都市は閉所恐怖症でもないのに、それが発症してしまいそうになるくらい怖いところだった。写真も割愛。
15時頃近くのロカンタで昼飯。店に入った瞬間、チーノチーノ(欧米人あるいは黒人が中国人を馬鹿にするときの決まり文句)と煽られて退店を考えるが他に店もなさそうなので妥協。感じ悪いなあ。飯は22TL。ロカンタとはかくあるべしの値段。肉のスープがなんか酸っぱいけどうまい。腐ってんのか。パンが出てくることを忘れてライス頼む癖を治さなければ、どんどん炭水化物で身体が脂肪で侵される。
16時半頃に妖精の煙突という名所に到着。キノコ形の奇岩が見られる。南北40キロを往復しギョレメに戻って来た。どのくらいのスピードが出ているのかわからないけど一時間ちょいでついたのでやっぱり30キロくらいしか出ていないみたいだ。トルコの原付の法定速度はよくわからないが、まあ日本のを遵守していれば大丈夫だろうと。前半は車線を間違えて逆走しそうにもなった。ぼんやりしていると「あれ、俺右側走ってるけど大丈夫か?やばくないか。」とゲシュタルト崩壊を起こす。これは二時間もすれば慣れた。
妖精が降り立つ場所らしいが、いくらなんでもいやらしすぎないか、この形。自然がこんなえちえちな形を作り出すなんてなんというか..すごくハレンチだ。
17時頃にギョレメ野外博物館からおよそ10キロ北に位置するゼルヴェ野外博物館へ。観光客は自分を合わせて十人くらいしかいなかった。非常に静かでまったりまわれる。人気はあまりないけれどギョレメでは珍しい雰囲気でとても気に入った。
キャメルストーン。ラクダに見えなくもない
大満喫。初めての原付の割には頑張った方じゃないか。風も気持ち良いし何より景色が最高。ツアーには参加しなかったからよくわからないけどバイクでカッパドキアを駆け回るのはおすすめ。
この夕焼けは大したもんじゃないでしょうか?
ガソリンスタンドで燃料を満タンにして19時前にバイクを返却。2.3リッター16TL、約320円。原油価格は日本とそう変わらない模様。最初見たとき、やっす!と思ったけれどもよく考えればそうでもない。返却時、レンタル屋の店員が俺が事故っていないことに驚いていた。失敬な。なめるな。
晩飯、紙巻きケバブ8TL。トルコ攻略の鍵はこれ。店の前で焼いてるやつを巻いてもらって中で食う。この店のはケチャップが塗りたくってある。珍しい。味に自信がないのか。それともケチャップを塗るとマジでうまいのか不安だったが下手に素材の味を生かしたやつより100倍うまい。ケチャップとマヨネーズは裏切らない。大正義。
罰ゲームのごとく出てきた青唐辛子をもりもり食う。辛さで中本を思い出す、中卒食いてぇ..。
20時頃オトガルへ。20時半出発のバスは30分く遅れの21時頃に出発。バスは約10時間かけて、テルマエロマエの世界観そのままと言われる温泉都市パムッカレへ向かう。
23時頃の休憩でバスを見失う。置いてかれたのかと思って泣きそうになりながら、近くのドライバーに手当たり次第声をかけていく。そこに救世主イケメン欧米人が登場。「俺も同じバスだからつれてくよ」って。男色趣味はないが惚れかけた。これがイケメンじゃなかったらそうはならん、例えばこれが逆の立場とかだったら。世知辛いほんとに。
現在早朝4時ちょっと前。昼間の30度近い気温が嘘のごとく冷気がバスの中にも押し寄せる。気温は5度。トルコは鉄道よりもバスの方が発達しているらしくバスのサービスがぼちぼち良い。飛行機のようなモニターとコンセントが一人一つずつあるのは当たり前。それで50TL~100TLくらい、現在のレートで900円~1800円くらいで一晩夜行バスに乗れちゃう。数時間に一回添乗員が飲み物も配布してくれる。そのコーヒー×2のせいで全く眠れない身体にされてしまった。バスはあと三時間弱で目的地につくよう。とりあえず松岡修造の動画でも観て寝ることに意識を集中させようか。
続く