八六日目


 4時半頃、喉の痛みで目覚めた。ラパスは割に乾燥している。6時頃ようやく寝られて9時前に再度起床。朝飯を食って今日はおばプロまで暇だし何しようかとぼんやりベッドに座っていたら隣のベッドのおばさんに「今日一緒にマーケット」に行かない?なんてデートのお誘い。昨夜は一言も交わさなかったが今朝中国語で電話しているのを聞いていたので、中国人だろうということは認識していた。齢40くらい。突然のごっつぁんイベント発生の予感に胸は高鳴るが、お互いホステルに泊まっているので過度の期待は禁物。ぬか喜びに終始してしまう可能性がある。


これを利用する外あるまいと邪な気持ちで「僕大学生なんですよー、早稲田大学なんですよー」と言うのだが、あんまり反応が芳しくない。「中国人ですよねー?」って聞いたら、「香港ですけど、何か?」って返答、目がキッとしていた。香港とか台湾の人たちは中華人民共和国とは全く別物であるという気高いプライドがあるんだろう。もちろん中華人民共和国の人は中華人民共和国で全く別のプライドがあるのだろうだが。なんかデリカシーのないことを言ってしまい幸先が悪い。そして香港の人にはバカ田ブランドは通用しない。

 10時頃にお出かけ開始。自分とは逆ルートでウユニからラパスまで来たらしい。明日からは標高6000メートルを目指してトレッキングをするらしく、そのためのハイキングブーツを探したいとのこと。ラパスでは「泥棒市」と呼ばれるマーケットが毎週木曜と日曜に開催される。ボリビアではバスでの靴や服の盗難が多いというが、そこでパクられた物品はもちろん新品の物品ほかありとあらゆる物がここに集まる。サンデーマーケットに行くのは物好きな観光客か地元の人かあるいは本気で安いものを探しにいく人かのいずれかだ。話している途中であっ、このおばはんは後者のガチ勢だと気づいてごっつぁんイベント発生は不発に終わるだろうと薄々勘づいていた。一縷の望みにかけるのも虚しい。

ゴンドラからの景色

 ロープウェイに乗って一駅、泥棒市が開催されるエルアルト駅に到着。マジですごい。なんでもある。車の部品も車そのものもWiiもPS3も携帯もSIMカードも服も靴も飯も..。さながら『ハンターハンター』のヨークシンシティ編。ゼパイルさんがその辺からにょきっと現れそうな霊圧すら感じる。





自分は特段ほしいものはないので、強いて言えば失った石鹸とタッパーに追加の南京錠とSIMカード、寒いから防寒具くらいだが上着以外は特に重要ではないのでおばはんと一緒になって靴を探してあげる。

 最初の一時間くらいは必死に探していてかわいらしいな、なんて思っていたけど一時間もしたら「おい、ババァ何でも良いから早よ買わんかい」と自分の急激な感情の変化に驚く。このババァこだわりがものすごい。少しサイズが小さいだの大きいだの、これはハイキングブーツじゃないだのこれは冬用だの、これは新品だからだめだのこれは古すぎるからダメだの。サイズなんかちょっとくらいええやん、どこ見たらハイキング用とか冬用とかわかんねん知るかよ。新しいのはダメやのに古すぎんのもあかんてなんやねん。「This is uncomfortable.」と「This is not hiking boots.」を何億回と聞かされた。途中からイライラとニチャニチャで頭がどうにかなりそうになった。このこだわりというのはおばはんに限ったことなのか。あるいは女子特有の現象なのか。二時間か三時間で20くらいの店(露店)をまわった気がする。目的があるからこれはウィンドウショッピングとは少し違うのだろうが多分女性とウィンドウショッピングデートなんて耐えられないと思う、やったことないけど。自分の場合はサイズが多少違ったりデザインが気に入らなくても実用的であれば、あーこれでいいかと二店舗目くらいで妥協してしまう。おばはんはちょっと高かったら値下げ交渉、うまくいかなければ別の店へ、と一切の妥協を許さない。結局買わずに前半戦は終了。

豆やら玉ねぎやら鶏肉やらニンジンやら、とにかくありとあらゆるものを混ぜたごった煮。ゲロみたいな見た目だけど死ぬほどうまい。なんやこれ。多分味噌を入れたら豚汁のような味だが塩オンリーの優しい味付け。軽く600mlくらいは入っていた。5ボリビアーノ、70円ちょい。

バナナやらマンゴーやらがごろごろ入った生搾りジュース。お肌に良さそう。3ボリなのに5出したら、1お釣りをイカサマされそうになった。

 お昼休憩が終わっても相変わらず靴探しは続く。「あんたも真剣に探しなさいよ!」と発破をかけられる。俺はまったり食べ歩きでもしながら泥棒市の雰囲気を楽しみたいのに..。なんでこんな目に遭わないかんのや。泥棒市は2、3キロの範囲でとてつもない規模で開催されているのだが14時頃ついに市場の果てまでたどり着いた。結局完璧なものは見つからなかった。「あそこのが良かったわ、あそこに戻りましょう」と1キロほど引き返す。ナオンはみんなこうなのか?だめだわ。絶対にナオンとショッピングデートなんてできない。お目当ての店に戻るのだがターゲットはすでに消失していた。「戻ってこないかしら」なんてほざいているがそんな都合の良い話。で、15時頃にやっとティンバーランドの中古の靴を90ボリビアーノで競り落としていた。「高いわね」なんて言ってるけど、あんさん1500円くらいって古くても破格でっせ。おばはんはメーカーや製造国にもとてもこだわっていた。航空会社で働いていたが退職して一人旅をしているらしい。ちょいと変わった人なのか。香港の人だからさすがに英語は滑らかだった。結局ごっつぁんも何もなかったが五時間無料の英語レッスンをさせてもらえたと思えば少し許せる気がした。SIMカードもここで手にいれた。1GBで5日しか使えないことをさっき知ったが170円ほどというイカれた価格。公式より圧倒的に安い。4Gがほとんど入らないのがタマにキズ。今思い出したけどこの靴屋すごい。右足しか表に出していないのだけど「これくれ!」って言ったら裏にある大量の左足からすぐに同じペアを客に渡してくれる。なんで場所覚えられんねん。

 16時前におばプロを見なければならない俺と明日のトレッキングに向けてツアー会社と打ち合わせがあるおばはんはお別れ。


観客がヒール役にポップコーンやペットボトルやらジュースをぶっかけるから体育館はこのザマ。

ヒール役とレフェリーは八百長でレフェリーはヒールに加勢する。

 16時頃に入場開始だったが試合開始は50分後。客入りはとても悪い。試合の序盤は笑っていられたが20分もすれば飽きた。学芸会レベルの代物で、とても800円も出す価値があるものとは思えない。あまりにひどいものを見ると失笑してしまうが多分それは長続きしない。売れない若手お笑い芸人のコントを見ている感覚だった。途中からずっと携帯をいじっていた。野球に興味のない人が野球場に来たらこんな感じになってしまうのか。いやプロレスに興味があったとしてもこれはひどすぎる。大して日本のプロレスを知っているわけではないが、この教室の後ろでやいやいやってる中学生レベルの試合を見るといかに日本のレスリングの空中戦やらオーディエンスやらのレベルが高いかということに容易に気づく。


隣の幼女が身を乗り出して一生懸命応援している姿だけはかわいかった。特別席の欧米人も一試合見終えたら帰ってしまった。自分も最後の試合が始まる直前に帰った。でもおばプロのおかげで日曜日の泥棒市に参加することができたから感謝したい。

 帰りに新品の防寒具を90ボリビアーノで購入。買い物は二軒目で5分でフィニッシュ。言い値は98だったが90に値下げ、XLサイズと普段Mを着ている自分にとってはデカすぎるが、まあええやろと妥協。男とナオンの違いが如実に現れている。この上着メイドインボリビアだが羊毛か何かが使われていてホカホカだ。少し高い気もするが、買って良かった。

夜景のきれいなラパス。おばプロも泥棒市もラパスのダウンタウンの頭上、エルアルト地区で行われている。貧困層ほど標高の高いところに住むのだが、そこを通って帰ってきた。このきれいな夜景のすぐ上では貧乏な人たちが暮らしている。きれいな光のすぐそばに貧しい生活が潜んでいる。格差をまざまざと見せつけられた。




八七日目


 長時間寝られない日が続く。昨日は21時に就寝。1時頃に目覚めて2時頃に再度睡眠。5時頃に再び目覚め6時頃に再び入眠。8時半頃起床。潜在的に南米にビビっている。そんな夢ばかりで疲労が一ミリも取れていない。


 11時前にチェックアウト。今日の晩のバスでウユニへ行きたい。ネットで予約しようとするが28ドルが最低価格、大体200ボリビアーノくらい。事前の調べでは20ドル程度と知っているので少し高い。バスターミナルに繰り出して直接窓口で買う方が安そう、ということで下山。


もつ煮込み。臭みがすごい。うんこの臭いがする。けどめちゃくちゃうまい。芋もうまい。もつは居酒屋のもつ煮込みの倍ほどの量で適度な大きさになっておらず、ドでかい。コリコリしていたのは豚の耳だろう。13ボリ。

 ターミナルへ行くのだがウユニ行きは驚くほど少ない。大概ペルーのクスコ、コカパバーナあるいはブラジル行きなど。40くらい会社があるのだが「Uyuni」の文字を見つけられない。20分くらい探して、やっとウユニ行きの客引きと合致!70ボリビアーノとのこと。聞いていた値段よりも安い。というかあまりの安さに値段交渉もせず即決。だって1000円ちょいですよ。奥さん。19時半に戻ってこいとのこと。


 ウユニ塩湖は個人で行けずツアー参加がマストらしい。それも自分で仲間を見つけてパーティーを組んで突撃するRPG形式らしい。人と仲良くなるのに半年以上要する俺にそんなことできるのか..。


 ラパスにもう少しいたいなぁと思うが、多分これくらいがちょうどいいのだろう。トルコにいて思ったのは大好きだけどずっといるのはやっぱ日本なんかなと。いればいるほど日常になってしまい少しずつ飽きていく。二、三日でも嫌な部分というのはたくさん見える。それでも数日なら許せるけれど長くいればいるほどなんやこいつらと思う部分が多くなるのだと思う。また絶対に来たい。そう思えるレベルで去る。名残惜しいくらいが旅行にはちょうど良いのだと思う。良い思い出で終えるために。


 で、あっという間に時刻は23時過ぎ。乗車前に「荷物には絶対責任持てよ」と念押しされたローカルバスは、民族衣装を身に纏うタンクみたいなおばはんと屈強なボリビアーノしかいないローカルカー。勝手に便所付きと思い込んでいたが存在しない。膀胱は破裂寸前。休憩ください!


続く