九〇日目


 6時前に目覚める。再び強烈な腹痛が俺を襲うが、パンツに染み入る程度で決着をつける。9時に食す朝ごはんまでに4度もトイレに駆け込んだ。昨日同様清々しいまでに液状化した下痢便だ。鼻づまりと鼻水のコンボは風邪ゆえだろうか。はたまた食あたりだろうか。でも食あたりだとしたらこんなに長く続くものなのか。下痢だが食中毒みたいに変な汗をかいたりすることはないし経験済のノロウイルスよりは苦しくない。いつも通りタバコもうまいので体調がそれほど悪いというわけでもない。ほんとに不思議だ。このあと11時半から8時間揺られる予定のバスには耐えられるだろうか。


 時差13時間の母国のプロ野球ドラフト会議では我が広島東洋カープが高校生遊撃手No.1の呼び声高い小園海斗内野手との交渉権を四球団競合の末引き当てた。俺のこの些細な不幸と引き換えであればたくさんお釣りが来るくらいだ。うんこ漏らして小園レベルを入団させられるなら何度でも公衆の面前で漏糞したいと思うくらい嬉しい。それはさすがに嘘だが。


 結局チェックアウトまでに5度排便。正露丸をかましていざバスターミナルへ。小さな街なのでツアー会社の人が賠償金を請求しにやって来る?この場合は民事なのか刑事なのか?俺は稀代のクソ漏らし野郎として指名手配されるのか?とも考えたが杞憂に終わる。不参加に終わった本日未明開催の星空サンライズツアー1回分の2500円は払っていることだしそれでクリーニングしてほしい。ツアー会社としてはとんでもない地雷日本人を引いてしまったと思っているに違いない。ほんとにごめんなさい。


 バスは定刻を30分ほど過ぎて出発。ウユニ→ポトシ→スクレというルート。ポトシはラパスで出会った香港の女性に勧められたが華麗にスルーする。旅程上仕方がない。俺は先を急ぐ。スクレには18時~20時に到着する予定。なぜこんなに幅があるかというと南米のバスはいい加減で、長距離だろうが短距離だろうが席に空きさえあれば道のど真ん中で客を拾うためその都度ロスが生じるからだ。明日にスクレ→サンタクルスと行き、あわよくばその夜サンタクルス発のバスに乗って翌日にパラグアイは首都アスンシオンに入りたい。11月頭にブラジルに入国できれば御の字。12月中旬の飛行機で帰国する予定だったが、しばらくサイトを見ない間に3万も値上がりしていた。どないしようか。


 昨日の大惨事によってお亡くなりになられたパンティは捨てた。それ以外は洗えば使えると思い、捨てはしなかった。ズボンと靴下はズブズブだが、ランドリーに出せばなんとかなるだろう。靴は元から臭いのでノープロブレム。上に着ていた野球用のアンダーシャツ、パーカー、ダウンも裾はうんこに侵されていた。アンダーシャツとパーカーは同様にランドリーで対応予定。ダウンは洗えないので、ファブリーズで応急処置をして事態の終息をは図った。


売り子から昼飯を購入10ボリ。塩味のみ、卵の殻モリモリ。またお腹痛くなりそ。

 15時半頃ポトシに到着。16時まで休憩らしいので小便をかます。こまめに行くのが大事だ。タバコを吸い始めたところで出発、まだ40分なのに..。10分くらい走って別のターミナルに到着。バスを乗り換えさせられる。ここで30分ほど待機。


売り子が乗り込んで来たのでパンを購入。一つ2ボリ。5出したら三個くれた。一個でいいのに..。当然卵の殻がモリモリ入っている。ボリビアでは卵の殻まで食うのがデフォなのか。味はシフォンケーキだが食感は石のごとく固い。

 17時前にバスは出発。寝たり起きたりを繰り返しながら20時前にスクレに到着した。ボリビアの首都機能はラパスにあるが憲法上の首都はここスクレらしい。




街並みがヨーロッパのそれ。素敵だ。ホステルのお姉ちゃんもめちゃくちゃ優しいし猫もモフモフでかわいいし一泊4.5ドルだしここに沈没したい。でも先は長いから我慢して明日のバスでサンタクルスへ。

 歯車を回すタイプのフリント式ライターの火の付きが悪いのでガスライターを購入したが、そっちの火の付きも悪い。調べると後者は酸素の薄い高山では使い物にならず前者は物理的に燃やすやつなので有効らしい。前者はラパスの泥棒市で買ったやつだから多分元々粗悪な品だったのだろう。標高の低いパラグアイに行くまではタバコに火をつけようとする度にイライラする日々が続きそうだ。

皆様のおかげでこのような結果を残すことができました。ありがとうございます。塩原の美しい景色はもはや記憶にございませんしウユニには全く良い思い出がありません。あの漏糞ももはや幻のように思えます。というかフォルダにおさめられている写真を見ることすら億劫でこの恥辱と怒りのやり場に困って母親からの写真催促の連絡にすらぶちギレてしまう始末です。最低な息子だ。しかしながらオフシーズンのため日本人が少なかったことは不幸中の幸いと言えるかもしれません。もし全員日本人だったとしたら自分自身でこの大惨事をネタとして消化することもできず、ただのうんこマンとして別の日本人によってTwitterやInstagramで拡散されていたかもしれないからです。その恐怖を考えると不幸中の幸い..。いや幸いなはずがない。

 頭痛や吐き気を伴う典型的な高山病は発祥していないが、一ミリも知らないけど東洋医学の観点からこの腹痛は高山病による消化不良と自分の中で結論づけた。皆さんも高地に行かれる際はくれぐれもお気をつけてほしい。度重なる排便(多分胃液そのまま)とペーパーを用いた拭き取りによる摩擦でアヌスは崩壊している。しかしながら、自分に期待されているのは漏糞と認識しておりますのでこれからも定期的にうんちを漏らしながら頑張ろうと思います..。なんて宣言はできない。もう懲り懲りです。しばらく、うんちのことは書かないような健康的な生活を送りたいもの。

一週間前にマチュピチュで虫ケラにボコボコにやられた手と足がえらいことになっている。腫れが刺された直後の数倍になっている。痛いし痒いしほんとに一ヶ月くらい続きそう。顔面の肌の調子も相変わらずで。

 ウユニで犬に噛まれる人多発と聞いていましたが、自分は運よく噛まれませんでした、うんだけに。それよりも犬はペルーのリマ辺りがガチでヤバいのでお気をつけください。赤い目をしています。



九一日目

 1時過ぎに就寝。5時半頃目覚める、おねしょで。インドのムンバイでもおねしょをしたから寝小便はこの旅行中通算二回目である。あのときは明らかにグロッキー状態だったが今回はある程度旅行も楽しめているのになぜだろう。夢の中で用を足している映像が出てきた。この時点では漏らしていない。夢の中で小便が成功している状態だったので「あー、これは夢なんだな」ということで放尿してしまったわけだが夢の中では到底感じられるはずのない下半身周辺の急激な温度の上昇で現実へと引き戻されるのだった。この老人のごときあるいは赤子のごとき排泄物漏洩現象は、どうして起こってしまうのだろう、まだ22歳なのに..。パンツもズボンも漏糞した夜に履き替えたものなので向こう一週間は着ようと思っていた代物だが、険しい道のりになりそう。残りの三割を便所で排出してそのままのズボンとパンツを履いているが明るくなったらシャワーを浴びて履き替えよう。パンツもズボンもストックは一つずつ。ジャージのズボンはうんこまみれで水洗いはしたもののランドリーに出していないので履くことは叶わない。さながら埼玉西武のCSのローテーションのごとき台所事情だ。辻監督もさぞ頭を悩ませていよう。ホステルの皆さん、ごめんなさい。このままいても恥の上塗りをしてしまいそうなので、やはりさっさと去るのが吉ということなのか。

 立て続けにこういうことが起こると、自分でもこれはほんとに現実か?と疑わしくなるし、読者の皆さんにペテン師嘘松、あるいはデフォルメ、はたまたわざとじゃないかと疑われているのではないかと怖くなるが、全てこの身にたまたま起こったことである。こんなにもちんちんと太もが痒いからこれはうつつだ..。むしろ夢であってほしいのだが。普段、性善説を唱えている割にロクに人を信用できない人間のクズだ。もりもり漏らしてしまう自分をどんどん嫌いになるし、それを起因になぜか人を信用できなくなるという負のスパイラルに陥っている。是が非でもこの悪い流れを食い止めなければ、ぼっちなのにノイローゼにでもなってしまいそうだ。

 9時頃に再度起床、朝飯をいただく。シャワーを浴びて11時過ぎにチェックアウト。バスターミナルに向けて歩き始める。次の目的地はサンタクルス、15時間ほど揺られる。例のごとく「悪路」らしいが問題ないだろう。

 ボリビアのATM はドルも引き出せるやつがある。手持ちの500ドルでは心許ないので取り急ぎドルを手に入れたい。一軒目のATMはドルかボリを選択できるが、ドルを引き出せない。どうやら中にストックがないよう。二軒目、三軒目はドル対応しておらず結局引き出せない。ボリビアではまだ一度もクレカを使えていないし手持ちも少なくなってきたので大変困る。パラグアイを越えるとブラジル→ウルグアイ→アルゼンチン→チリと物価激高国を立て続けにまわることになるが、耐えられるだろうか。

 ボリビアは10・20・50・100紙幣が存在するのだが、50以上を出すと必ずと言っていいほど嫌な顔をされる。そういう場合は大抵釣りがないか偽札と疑っているか、またはその両方だ。高額紙幣であればあるほど偽札である場合が多いらしい。渡した瞬間に太陽に透かして偽札じゃないことをしばしば確認される。ペルーでもそうだったから南米ならではなんだろう。

 ウユニ以前の記憶はデリートされているのであまり覚えていないが、スクレではやたら日産の車を見かける。

見たことないロゴ

なぜか鏡文字

 日本からパクってきたのか中古で買い上げたのかわからないが、日本語が書かれた車をよく見かける。あとナンバー無しで公道走ってる車あるけどあれはエエのか。


道が狭くて小綺麗なのと建築が欧州のごとく美しい。街全体が世界遺産に登録されているのも納得。標高はラパスやクスコ同様、優に3000メートルを越えているっぽいが、向こうさんと違うのは完全に平地なところ。坂を上ることがないので息が上がらず大変ありがたい。

 スクレの人々はラパスやウユニに比べてちゃっかりしておらず都会の余裕すら感じる。ラパスやペルーのイカではこっちを観光客だと完全になめきってタクシーの運ちゃんがプップップップッとクラクションを鳴らしてきやがったが、そういうことは一切ない。飲食店の客引きも全くいない。治安の良い穏やかな街だ。まだここにいたい。

昼飯のピカンテ・デ・カルネ。死ぬほどぬるーくてボリビアで食った飯ワーストかと思ったが、この牛肉がなぜか懐かしい。そうだ!これは焼肉屋でも滅多にお目にかかれない「カッパ」という部位だ。めちゃくちゃ固いから煮込み料理以外ではほとんど食えたもんじゃないのだが、ガキの頃地元のスーパーで母親が安いからとよく買って来ていた。カッパを使ってカレーやらおでんやらをつくってくれたが、中学に入るくらいの時期に突然奈良の市場から消えた。幻のカッパに地球の裏側で出会えるなんて。懐かしさはすごい。カッパと認識した瞬間からこのぬるくてトマトと塩コショウの味しかしないビーフシチューかビーフストロガノフか何だかよくわからない料理が一瞬にしてボリビアで食った飯ナンバーワンに躍り出たのだ。懐かしすぎて泣いてしまいそうになった。10ボリ。約170円というのも破格。

 飯をかましてだらだらとターミナルへ。いつまで経っても着かないからどうしたもんかと地図を確認すると一キロ以上通り過ぎていた。どうしてこんなにスルーしてしまうのか。自分の無能っぷりにほとほと呆れるばかりである。

 ターミナルに着くと客引きがバンバン攻めてくる。あれスクレって穏やかな街じゃなかった?「サンタクルス」と言ってきた兄ちゃんについていく。調べでは100だかとかで行けるとなっていたが、言い値は60だったので値下げ交渉もせず即決。集合時刻は一時間後。

 半袖を着ていても涼しいくらいで夏の訪れを感じる。いや北東に移動したからか?いずれにせよ排泄物に大概の衣類が侵されているので、カンボジアにて3ドルで購入した唯一の自分への土産であるゾウさんの絵が描かれた半袖の「ロンリートラベラー」Tシャツを着ざるを得ない状況だ。15時にもなるとさすがに寒い。雷鳴も轟いているし雨も降ってきた。

 南京錠の鍵をなくした。予備があと一つ。カバンを取られるのも怖いが、またなくしてしまうことを思うと鍵をかけるのも怖い。あとこの旅行でコレクションしていた各国のSIMカードを全て紛失してしまった、かなりショックだ。ジップロックに入れていたのになんでだろう。

ラパスの泥棒市でSIMカードを買ったとき堂々と「4GLTE」なんて書いてたけど、ボリビアにそんな概念は存在しない。大抵アンテナの横に表示されるのは「H」か「E」か「×」で、たまに「3G」。バスは15時半に迎えに来る予定だったが、16時前に当然のごとく姿を見せた。バスに乗って待機しているが16時を過ぎても出発する気配を一ミリも感じない。まったり待ちます。

続く