九一日目
16時半前にサンタクルスへ向けて出発。到着は明朝7時頃の予定。
19時半頃に晩飯休憩。死ぬほどまずいハンバーガー。ペルーから思ってたけどハンバーガーにフライドポテト挟むのやめろや。5ボリ。
23時半頃。「バニョー」の声で目覚める。便所休憩だ。尿意も限界値に達し最高のタイミングである。便所休憩とは言うものの街灯も何もないただの道。寝ぼけていたことと、目の悪さが災いするなんてこの頃は知る由もない。辺りは真っ暗で足下すら覚束ない。草むらの方に向かって歩く。車のライトさえ、あるいは携帯のライトさえつけていれば..。みんながションベンをぶっ放しているギリギリのラインがわからず、瞬きしている間に俺はふつーにドブにdiveしていた。
「ばっしゃーん」
この瞬間だけは、ボリビアで一番不幸な男だったと言えるだろう。乗っているバスはツーリスト用じゃないので見た限り自分以外は地元の人だけ。ボリビアの中心で「うーわ最悪や」って日本語で叫ぶ哀れな東洋人を見てボリビアンどもは大笑いだ。スペイン語で目の前の東洋人を捲し立ててくる。ぐやじい。みんなのションベンが配合されたくーっさいドブ。金属バットの漫才よろしくザ・ドブ、This isドブ。恥ずかしさと臭さで日本に帰って銭湯に入りたい以外の全ての感情を失った。状況を説明すると右足から突っ込み、右靴とジーンズの膝辺りまで死亡、左は靴全滅、ジーンズは足首まで死亡。これは靴を捨てろと言うお告げか。とりあえず、バスに戻って靴と靴下を脱いだ。車内にこもるドブの臭い、ほんまごめん。赤ちゃんのお尻拭きシートで拭って緊急対応。特に足首は蚊に刺されたところをかきむしり傷口になっているからめっちゃ染みるし、感染が心配。大学一年の頃利根川でイカダをつくって太平洋まで出ようというのをやった。そのとき河のほとりでブヨと蚊に刺されまくってかきむしったところから感染症にかかった。企画からは二日目か三日目でログアウトし39度を越える高熱が出た。利根川でああなったからボリビアのドブならなおさら..。ヤバいああなるとほんとにヤバい。抗生物質はおろか消毒液すら持っていない。取り急ぎシャワーでも浴びたいが、そんなものはもちろん存在しない。
ズボンはサンタクルスに行けば売っているだろうからそれまでは我慢。乾けば臭いも少しはマシになろう。ドブにはまったとき土手に携帯を落としたのだがバスに戻る直前に気付き回収、危なかった。足だけで済んだのと携帯を失わなかったからまぁええか..とはならん。臭いし寒い。俺は臭い状態でしか南米にいられないのだろうか。
悲劇というのは往々にして立て続けに起こる。バスがリスタートした辺りから雨が降り始める。関係あるかわからないが上のクーラーみたいなとこからぽとぽと水が滴る、と思っていたがそうではない。前の人がドブの臭いに耐えかねて窓を開けてそこから雨水がざぁざぁ入ってきているのだ。マゾだが、ここまでのハードプレイを求めてはいない。
こんなに毎日何か起こる旅行って最高!とか言ってしまう旅フリークではない。いたって普通の男子大学生なのでもうマジで何も起こらないでくれと思う。てかそうなるのが必然なくらい最悪なことしか起こっていない。うんこ漏らして寝小便かましてドブにはまる。起こらないで、と言うが全部自分のせいか。じっとしろ自分。いやじっとしたらクソ漏らしてまうし、動いたら動いたでドジかましてまうしどないせぇっちゅうねん。ほんま..。臭さと雨漏りでなかなか眠りにもつけない。着いたらサンタクルスで一泊しようかなと弱気になる。いやこれはしよう。すべきだ。体力も精神も限界。このまま乗り継ぎでパラグアイに入国なんてとてもじゃないけど、できない。シャワー浴びんとさすがにやってられんわ。
九二日目
3時半頃わけわからん村に到着して何人か降車。隣の女性は歩く公害と化した私から離れるべく空いた席へと離れた。ごめんなさい。
4時半過ぎにサンタクルスには到着した。何が15時間かかるだ。大雨でも12時間ぽっちで着いてしまった。宿を探すには早すぎる。SIMカードは1時間半後には有効期限が切れてしまうし、大雨だし..。いや乾季ちゃうんかーい。
靴とはバスでバイバイした。4年間ありがとな。最高の相棒だったよ。残りの一ヶ月ちょいはタイで手に入れたcrocsちゃんとずっと行動を共にすることとなる、よろしくな。
とりあえず明るくなるのを待とうと思います。
続く
