90歳の母が
大動脈弁狭搾症によるカテーテル手術
その後の話です。
母の手術記録になってますがお付き合い下さい。( ̄▽ ̄;)
2月3日 に退院が決まったので、母が帰って来ても大丈夫な様に食料品などを買い物して準備してたら、
2月2日 病院から
「今朝から心電図の波形の異変が見られるのでもうしばらく観察入院します。」と連絡が入る
_| ̄|○ il||li
兄に退院延期の連絡する。
2月3日 私の通院日。
午後の診察を午前に変更してもらい、主治医に母の状態と私の心境を話してまた励ましてもらいました。
その後は母の見舞いへ。
「退院延びたなぁ」と言えば
「そうなん?」と答える
「心電図がおかしなってもうしばらく入院しなあかんねん」と返せば
「そうらしいなぁ」と言う
そして会話は繰り返す
「此処はどこ」と聞かれれば
「近大やで」と返す
「○X(病院)とちゃうの」と聞かれ
「○X病院から紹介で近大で手術したんやで」と言い
「ちゃんと養生したらこの腫れも治るらしいよ」と浮腫んだ両足首を擦りながら言うと
「それは有難いなあ」と喜んだ。
しばらくたわいない話してたら
「(夜遅く)暗くなる前に早く帰って」と言われ
「△□(近所のバス停)までバスで行けるから大丈夫」と答える
「そうかあ便利やな」と言われる
またまたたわいない話してから
「また来るなぁ。おやすみ。」とバイバイして帰宅する
2月8日 は母の見舞いへ
会話はまたまた似たような会話の繰り返し。
2月9日 病院から
「退院してください」と連絡が入る。
「送り迎えの兄の都合もあるので明日、病院に見舞いに行く予定しているのでその時に退院日を決めたいと思います」と言ったら
「わかりました」と返答があり、
兄に度々有給休暇を使わせるのは… と思い 2月12日 16時 と約束する。
2月10日 私の睡眠外来の通院日。
午後の診察をオリンピックのフィギュアスケートを見てから通院して母の見舞いへ
退院日の相談の積もりが何故か退院と思われていた!
昨日の電話の会話を確認して退院日が間違いと分かってもらい 2月14日 16時 と決定して帰宅する。
つづく