春先から初秋まではただひたすらに
じーーーっとしていた2020年も
残すところ、あと半月。
秋も深まり始めた頃からのこの3ヶ月
じっとしていた日々を取り戻すかのように
アクティブに動き回るようになった。
最初のうちは、無意識に自己防衛で
止まらないようにしていたのかもしれない。
ある朝突然、どうしようもない
深い悲しみに襲われてしまったとき
探るでも見解を述べるでもなく
そっと寄り添ってくれる存在が
すぐそばに居てくれたことに心底救われた。
悲しみを分かち合えたり
言わず/言えずとも察してくれたり
苦しいって素直に言えたりしたことで
私は今日も元気に
くだらない話をしてはバカ笑いをしている。
この秋、友人を亡くした。
並々ならぬ努力を重ね
持ち前のセンスと才能も相まって
本当に多くの人たちを魅了する人だった。
そんなに記憶に残っていないけど
独特な世界観を持ったひと、として
認識していた学生時代
数年後、パリで再会したときに
彼に対する印象は一変
どんな道を目指し、どんな努力を続け
どんな挫折を味わい、どんなチャンスを掴み
何を感じ、何を思いながら
パリという街で挑戦をしているのか
そんな話を聞きながら
彼が自宅で手料理をふるまってくれたとき
記憶薄めなバイト仲間から
目が離せない、応援したい存在へと変わった。
パリでの再会ですっかり魅了されて以来
彼が日本へ一時帰国するたび
昔の仲間を集めては古巣で集い
年々スケールが大きくなっていく
彼の舞台と話題と夢にワクワクしていた。
キャベツ太郎が大好きで
スーツケースいっぱい詰め込んで
パリへ戻ったり
大好きなトムヤムラーメンを求め
日本へ着いたその足で直行したり
有名になる前にとサインを頼んだら
死ぬほど字が汚くって殴り書きだったり
ワードセンスが独特な語り口調に
お腹がよじれるほど笑ったり・・・
ひたすらに真っ直ぐで
最高なキャラクターの持ち主だった。
私がイスタンブールに住み始めて間もない頃
数日間遊びに来てくれたことがあった。
以前イスタンブールを訪れたものの
あまり良い印象を抱いていなかったという彼。
次なるステップへ進むため
世界各地の食文化に触れる旅に出た際に
パリを出発後、最初に立ち寄る街として
イスタンブールを選んでくれた。
彼のイスタンブールに対する印象を覆したくて
自分が好きな街の魅力を知って欲しくて
限られた時間の中、全力おもてなしを決行。
いっしょに青空市場へ出向き
調達したトルコの食材を使って
我が家のキッチンで手際よく迷いなく
次々と手料理を生み出してくれた。
パリとイスタンブールで
ビジョンや想いを聞きながら
彼の手料理を味わえたこと
食材の買い出しから調理する姿まで
ばっちりこの目に焼き付けられたこと
今となっては、忘れたくない
かけがえのない記憶となっている。
旅から戻り、パリで自身の店を出すと
瞬く間に火が付いて
一気にスターダムを駆け上がって行った。
ずいぶん遠い人になってしまったな・・・
そう思っていた頃
思いがけず、イスタンブールで再会。
友達としてではなく、料理人としての
彼の料理を初めて食べたあの日が
彼の料理を食べた最後の日となった。
また、手料理が食べたかった。
また、お腹がよじれるほど笑いたかった。
また、会いたかった。
もうすぐ3ヶ月が経つけれど
いまだに実感が湧かず
信じられない自分がいる。
写真を見るたび苦しくなって
サインを見るたび笑っているよ。
でもきっとこうやって
言葉に綴ることで感情が溢れ出しても
それを受け止められるようになったということは
私も一歩、踏み出せたのかな。
「拓」
私はそう呼んだことがないけれど
“名は体を表す”とはこのことで
本当にピッタリで素敵な名前だなって
ずっと思ってた。
名前どおりの人生を歩んだんだね。
今までも、これからも
ずっと記憶の中で生き続けるひと。
ありがとう。
Paris in 2008