日本に行って、トルコへ戻って。 | *tapi旅* おかわりトルコ!イスタンブール

*tapi旅* おかわりトルコ!イスタンブール

何度も「おかわり」したくなる国トルコ。
勢い余って移住し、ゆるく激しいイスタンブール暮らしを堪能。満腹帰国後も、つまみ食いトルコ活動継続中!


にっぽんの正月!を数年ぶりに堪能しようと
しばらくの間、日本へ行って参りました。

今回の帰国は、多くの仲間たちと再会することができ
嬉しくって楽しくって♪
そんな気持ちと同時に、なんかしっくりこない・・・
そんな違和感を感じていたのも事実。

自分が身を置く環境の影響力が大きいことはもちろん
その環境の中で、何を見て何を感じるのかによって
価値観というものも、知らぬ間にでも確実に変化して行くんだなぁ。
と実感しました。

日本で散々トルコについて心配の声をもらい
何なら自分自身も、あまりの日本とトルコの環境の違いに驚き
「そらこの環境(日本)にいたら、心配にもなるわな。」
と、納得したのでありました。


久しぶりにトルコに戻り
飛行機を降りて美しい夕空を見上げた瞬間
「あー、やっぱりココの魅力(魔力もあるけど)に勝るものはない。」と
完全ノックアウト。

帰って来て早々に
連絡船に揺られ、イスタンブールの醍醐味でもある大陸移動をしながら
歴史感じる建造物の宝庫な観光地周辺を歩きながら
相変わらず、うっかりでちゃっかりでほっこりなトルコ人と言葉を交わしながら
「やっぱいいなぁ、トルコ!」って実感していました。












そんなことを想っていた翌日に
イスタンブールの観光の中心地であるスルタンアフメットで起きた、爆弾テロ事件。

そもそもそういう可能性があることは
肝に銘じながら生活をしているので、現実に起きてしまったことに対して
うまく言葉にするのが難しい複雑な感情はあれど、冷静に受け止めました。



ここ最近、世界中が「テロ」というものに注意を向けるようになった中で
「怖い」「悲しい」「祈る」という言葉も、頻繁に使われるようになっています。
私も使っていたし、今回のスルタンアフメットの件に至っては
私自身がそういう声を掛けられる立場となりました。

そんな中で、この言葉に拒否反応を示している自分がいました。

「怖い」といって目を背けても
「悲しい」といって心を痛めても
「祈る」といって想いを馳せても

自分の気持ちが報われるだけで、世界はなんにも変わらない。

すでに命を落としてしまった人
家族が、友人が、大切な誰かが命を落としてしまった人
明日生きられるか分からない状況で命を繋いでいる人
逃れられない想像を絶する恐怖と闘いながら生きている人
外から張られた“危険”のレッテルで、生活が脅かされている人

「怖い」「悲しい」「祈る」の言葉では、決して報われないし変わらない。
それが現実なのだと思います。

現実世界でどういったことが起きているのか
起きていることの背景は何なのか
根源に潜んでいる原因は何なのか

そういったところに、ひとりひとりの意識が向いて行かないことには
怖がっても悲しんでも祈っても仕方がないのではないでしょうか。






トルコだけでなく、中東だけでなく
ヨーロッパだけでなく、東南アジアだけでなく。
「海の外で起きている惨事」ではなく
すでに世界規模で危機に直面しているんだって気付くこと。
まずはそこからな気がします。

平和大国の日本で何かが起きてしまい
日本人がいよいよ自覚をした時には、時すでに遅し。
な世界になってしまっているのではないでしょうか。

平和で安全な基盤のもと、自分の人生を選択しながら生きて行ける人たちが
自分個人の人生を謳歌して行くのと同時に、もうひとつ別軸で
世のためにできることを真剣に考え、一人一人が行動に移していかないと。
微力だろうと、動かないことには何も始まらないですから。

私も現在、イスタンブールで自分の人生を謳歌しながら(いや、こっちも模索中w)
できることすべきことを模索中でございます。


参考までに・・・
トルコで起きていることの背景に触れた記事のリンクです。
この記事が全てではないけれど、「トルコでテロが起きた」という報道から
もう一段掘り下げた内容のものは、日本語記事ではなか見掛けないので
よかったら読んでみてください。
なぜトルコでテロが続いているのか 治安悪化の背景にあるのは





ご愛読ありがとうございます。

下のアイコンを↓CLICK↓して、tapi旅応援してねぴ~す

 
にほんブログ村