慌ただしく個展を終え、父の四十九日が過ぎても心の整理がつきませんが、一区切りつけるべく思い切って遠出をしました。
二月某日、日頃メール等で様々ご教示頂いている見市泰男先生の工房に伺いました。
石倉耕春先生に師事された見市師ですが、石倉師の師である北澤如意先生が早く亡くなられたこともあり、石倉先生はお若い頃に私の師である長澤氏春先生にお世話になったそうです。
そのご縁をお感じになってか、二十一歳で師を亡くした小生に目を掛けて下さっています。
大学院の非常勤講師を勤められるなど頭脳明晰な先生。
カタカナ用語や数字を多様されるため、勉強が苦手な小生は少々困惑。
しかしながら”職人の勘神話”とも云うべきものにメスを入れて明快に解説されることは極めて新鮮です。
ただ最終的には感性だということを両輪で語られ、ご自身のお仕事で示される姿勢に敬服いたします。
直弟子の藤原千沙さんにもお会いしました。
東京でも女性の作家さんは計り知れない能力を発揮されるので大いに刺激を頂きました。
先生に忠実に素直な心で師事されているのがよくわかる方でした。
小生は師匠没後、様々な先生からの技術の摘み食い状態なので、良いものかどうか。
こちらは、その後に伺わせて頂いた「能面を作る会」という能面教室、
故石倉耕春先生が創設され弟子の林桃春先生が引き継いでいらっしゃいます。
上記の写真は飛び入り参加の臨時指導。
決して見市先生のお教室ではないことを強調させて頂きます。
左が主宰の林先生、奥が藤原さんです。
ネコべし見が見えます・・
無造作に置かれた鼻瘤悪尉の木地見本。
バーカウンターに並べられている(嘗てはクラブだったそうです)お手本、その数150面以上で200近くあるとも伺いました!!
石倉先生のお弟子さん数人で彫られたものだそうですが、数と質の高さに驚きます。
生徒さんは幸せですね~
大阪の一等地?にあるとにかく広い会場。
贅沢な気持ちになれる時間を過ごさせて頂き感謝申し上げます。
翌日は甲冑師の佐藤誠孝さんの工房へ。
大都会心斎橋のビルの中、これまた広過ぎる。。
鉄板を叩き出して漆を塗り重ねて作られているレットブル兜、
古典技法に則って新しいモノを生み出す・・・・真似の出来ない仕事です。
漆ムロには修復中の甲冑。
やはり修復が出来ないことには古作から学ぶ機会には恵まれませんね。
なんと趣味で作られているというフィギア!
精巧な作りに見入ってしまします。
個々の解説ができる知識がないのが反省点ですが、現代の甲冑師さんはありとあらゆる技術がなければ出来ない仕事だということが大きな発見でした。
面打も木彫、彩色、漆芸、金工、植毛など色々な技術と材料が必要だと紹介されることが多いですが、甲冑師の方が多いかもしれない。。。
面打も仕事が豊富で世襲だった江戸期には工房が組織されて、其々が得意な分野をこなしていたといわれております。
甲冑師さんも同じくそうだと伺いました。
桃山から江戸初期の名工の是閑は具足師から面打に転身、室町時代の蓬莱という面打は面頬の作者でもあったと伺ったことがあります。
因縁浅からぬ武具甲冑の世界、知っていけば面白そうです。
彫刻が仕上がりました。
裏も写したいと殆ど使わない生反りを研いで臨みました。
刃の”切れ”が違うことと、木の目などの偶然性、何より「思い切り」がないので写すのは困難。
最後は教室の生徒、孝治君の大蛇面。
大作で四苦八苦していますが、彫刻はそろそろ目処が付きそう。
来月の文化展でご覧に入れます。
堅い写真で今は恥ずかしいが、将来は貴重な存在になるものです。