面打 能面師 新井達矢の制作日記

面打 能面師 新井達矢の制作日記

日本の面に向かう日々

東京は西の外れ羽村市にて能面などを打っています。

面の制作と修復、木彫教室の講師、お囃子が主な日々。
気の向くまま適当に書いておりますので、たまに覗いて頂けたら幸いです。

以下は私の連絡先です。
omenko-tapa@outlook.jp

11月8日に開催予定のイベントの準備が整ってきました。


詳しくは書けませんが、彫刻と彩色を少し。
このご時世、また時間が限られている中で何ができるか考えました。

以下、静嘉堂文庫美術館さんのホームページにアップされたお知らせを転載させて頂きます。

『4.新井達矢(あらいたつや)氏による 面打ち実演会のご案内

7歳より面を彫りはじめ、多くの能楽師に高く評価される面打・新井達矢氏による「面打」の解説と実演の会です。美しい面の生まれる過程をお楽しみください。

講師:新井達矢氏
日時:11月8日(日)
A:13時30分~14時20分(50分)
B:14時40分~15時30分(50分)
定員:A・Bともに各70名
会場:静嘉堂文庫美術館 地階講堂

【内容】
①講師による「面打ち」過程のスライド解説…約25分
②彫りおよび彩色工程の実演(講堂スクリーンに映写し実況いたします)…約25分
※参加者の皆様は着座にてご観覧いただきます。
※撮影・録音可

【ご参加について】
・無料。ただし当日の入館券が必要です。
・当日開館時より整理券を配布(1名様につき1枚限定、先着順)、御希望の時間帯(AあるいはB)をひとつお選びください。
・開演時間の5分前に開場、整理券の番号順にお入りいただきます。

<プロフィール>
昭和57年(1982)東京生まれ
平成元年(1989)神楽面・狂言面を彫り始める
  11年(1999)三多摩美術展において「東京都市長会会長賞」受賞
  17年(2005)国民文化祭ふくい2005「新作能面公募展」において、史上最年少で「文部科学大臣奨励賞」受賞
  21年(2009)金春宗家蔵の伝聖徳太子作白式尉を写し、金春宗家蔵となる
  26年(2014)能面科研の協力・調査と研究
※個展開催、後進の指導等に多忙の日を送る』





10月中は何と撮影自由でした!!


この老女は有無を言わさぬ名品だと思います。
鬘が黒いと痩女と呼びたくなりますが、こういう例は他にもありますね。


宝生家に元休打の写しがあるそうですが、
梅若家の有名な老女小町とほぼ同形で、白髪ですが乱れた毛筋まで似ています。
どのような関係にあるのか?親子関係は??姉妹??興味深いです。

深草男と名付けられた面。
痩男でも怪士でもない、このような深草少将をお舞台で拝見したいです。

珍しい形。
江戸末期の劇画的な創作面とは異なり品位があって無駄のない彫刻に力強さを感じます。

油の乗った頃?洞白の童子。

河内の真作と思われる見事な中将。

明治の作?と思いましたが、古いようです。

加納鉄哉の作。



色々盛りだくさんで楽しい展示会ですので是非。




会期は短いですが、今年も合同展を開催させて頂きます。
能面4面と小さな作品を幾つか出展予定です。
疫病の心配は続き、日程調整が難しいと存じますがお出で頂けたら幸いです。


 
さて新作紹介です。
増女または増という呼称はややこしく、
①金剛宗家ご所蔵の是閑打の「増女」に代表されるような形の面。
②節を写していない「節木増」を宝生流のお家がお持ちの場合。
の両方を指すようです。

②を観世流のお家がお持ちだと「若女」と呼ばれることが多く、
①を宝生流のお家がお持ちだと②と区別するために「泣増」と呼ばれます。

宝生流以外?で「泣増」と呼ばれる面は殊更に高貴でより神がかった①の「増女」に近いタイプ指すようです。


この拙作の本面はそれらの形や呼称が定まる以前の制作と考えられる面で、本来は名称不明の若い女面といったところでしょうか。
向かって左側の毛描きが大凡残存している以外殆どの彩色が剥落していてので、復元と創作半々といった感じで、完成した姿から思い浮かべる名称は…
「増女」というと是閑の増女的な面が思い浮かぶので、少し曖昧なイメージのある「増」という名称で呼びたいと思います。


わるくいえば、全体が左右対称に近く、目の表現がさらっとしているため、あまり舞台効果を考えた彫刻ではない。
よくいえば欲がなく素直なのかもしれません。
近世初頭の面でも遠目の効くような派手さが出てきて、中世の収斂するような雰囲気は失われ初めていると、某先生はおっしゃいました。




「使って生える面」というような観点では彫り足りないと思える部分もあるのですが実験、研究のために出来る限り忠実に写しました。

写真は出せませんが本面は、彩色の殆どが剥落しているため古色蒼然として、拙作とは全く違ったオーラを纏う実に美しいものです。

またどこかで展示されるかもしれませんので、その時は是非ご覧頂きたいです。


裏は写していませんが、
生反りの鉋目でそれっぽい塗りを試みました。


今回の上塗りには実験なので、胡粉に黄灰色の田原白土とルイセイも入れいています。
胡粉と白土を混ぜると比重の違いで塗り難いかと思いきや難なくすみました。
またM先生ご伝授の絶対秘法!?の剥落彩色を女面には初めて試したりしましたが、効果は薄かったようです。
彩色は手元に古い本面がないと、彫刻よりも独りよがりなワンパターンに陥ってしまうので、研究実験を重ねなければいけませんね。


今作は金◯流の先生からご依頼の三日月です。
今回の材料は一時期木曽地域で林業に携われていた大学の先輩から頂いた木曽檜。
丸太を四つ割りにして保管しているものですが、
学生時代に頂いたので13年以上乾燥させていることになります。


素性の良い木なので正に竹の如く真っ直ぐ割れてくれます。





本面は世襲面打家の作品にしては古格があるけれども室町はないかな…といった面。
伸びやかさもある骨太な彫刻で魅かれる形。



【悲しいお知らせ】




前回もこのブログに登場していた我が家のモモさんが10月16日に16歳で亡くなりました。
来月28日で17歳だったのですが…
急激に変化したのは最後の3日間だけで飼い主に手間をかけない本当に良い子でした。
大学に入学した頃からウチの子になり、映画「面打」や中央大学の学生さんが作ってくださった動画やテレビにも出演してくれました(笑)


ここ2、3年はシニアな彼女を中心に日常があったので、その時間がぽっかり空いてしまい寂しいです。

我が家にとっての新しい生活様式を考えなくてはなりませんね。。



長い酷暑が過ぎると
絵具の乾き方や膠加減も整う貴重な秋。
窓を開けて自然の風を入れながらの仕事が何より心地よい季節になりました。


だいぶ以前にアップした制作途中の中将、天下一大和在印の写し(彫刻のみ)が完成しました。


ご依頼品ではないので後回し。11月に開催予定の合同展のためようやく手を付ける気になり仕上げました。


左右非対称この上ないため、色々な角度での雰囲気の変わり方がはっきりしているようです。


裏は並。


刷毛目や打肌、梨地子を部分的使い分けてみました。


大和の師匠の河内風を狙いましたが、どうしても綺麗に整い過ぎてしまいます。
もちろん荒過ぎてもいけないので、程良きを計画的に出すには経験が足りません。


一見地味な男面の鬢も難しいもので、押し並べてレベルの高い世襲家打の古面でも作者其々の巧拙はわかりやすいものです。


完全なる消耗品の面相筆までケチる私ですが、今回は良い筆の下ろし立てを使いました。
やはり全く違います!
古の大先達には遠く及びませんが、かつてない心地よい毛が描けました。
毛描き用の面相筆だけは贅沢しなければなりません。


中将には修羅掛と公卿掛があり、その違いを明確に説く方もいらっしゃいますが、正直よくわかりません。
有名な般若坊打の般若なら性格の全く異なる道成寺と葵上の両方で生きるのではないでしょうか。
真の名品は汎用性が高いというお話もよく聞きますし…

とはいえこの面の本面をご覧になった某大先輩は修羅掛と仰いました。
ですが…


完成したのはあまり記憶にない見事な中秋の名月。
いつか【融】に使って頂けたらなと…


前回も載せた大童子。
ようやく完成しました。


やはり大変なのは毛描きです。


手本を見て、軸?になりそうな目立つ毛を探してまばらに下描きし、それを墨で描きます。
更にその間を埋めるように、常に全体の毛量や形を確ながら進めています。

ミケランジェロは大理石の塊を前に、足先から彫り出して全身像を作り上げだという話は有名ですが、凡人に出来るものではありませんしね。


面袋はヤ◯オクで落札した古面に付属していたもので、江戸期と鑑定して頂きました。
馬子にも衣装、、雰囲気が変わります。


金剛峰寺の八大童子を彷彿とさせる造形。
創作者と伝書に書かれている洞白さんは似た像を見て構想を練ったのかもしれません。
つり上がった眉や鋭い目とぷくぷくした肌。
劇画的で中世の幽玄な精神性とは異質なためショー的な能に相応しく、創作された時代背景にも思いを馳せました。


洞白さんにリスペクトした生反りの鉋目。公言するのが恥ずかしいほど修行が足りません。
 

浄瑠璃寺旧蔵の十二神将に何より惹かれますが、
国宝の曜変天目茶碗、油滴天目茶碗で有名な静嘉堂文庫美術館。

昭和初期に購入されたという越後新発田藩旧蔵能面の修復をさせて頂きました。
全ては終了しておりませんが、なんと初公開の展示だそうです。
令和の今日でも秘蔵のコレクションは存在してするのですね…胸が踊ります。


11月8日には面打の実演会を仰せつかりました。
このような最中ですが、今のところ実行予定ですのでお出で頂けたら幸いです。



最後に蛇足。
夜の散歩で1枚。


11月に17歳になるモモさんです。
暑さを避けて夜の散歩を続けているので、ご近所の犬友さんは安否を心配されているでしょうね…





大童子の面裏。
ほぼ全面を生反りを用いて削り、砥の粉で目止め、生漆とマコモで擦り漆としました。


胡粉下地の研ぎ。


この状態で的確に照明当てると形のおかしな箇所がわかりやすいので、ペーパーで意識的に削るなどして修正することもあります。


大江山の酒呑童子の面として創作されたためか、本面は赤っぽい肌色です。
しかし今回はご依頼の能楽師さんの意向により、赤みを抑え黄土も効かせた色にしています。
キャラクターが限定されすぎると使い難く劇画的になる傾向があるので、説明的な赤い肌にする必然性はないのかもしれません。

古色を施しつつ金泥を塗ります。

朱と墨を入れます。
単純な色味ですが途端に息が吹き込まれるような不思議な瞬間。 



【型紙作り】


こちらは江戸時代に作られた小面の型紙作り。


このブログて型紙について書いたことはありますが、その本面の画像を出したことはありません。
画像の小面は所有している面なので作業風景の画像も載せてみます。



真っ平らに限りなく近いといわれるガラス板の上に方眼紙を敷いてテープなどで軽く固定。
面を置きスコヤを用いて輪郭に点を打っていきます。
数字は所謂「反り」規定面から縁までの高さを表してます。


10年以上前にヤフオクにて一桁万円という破格で落札しました。
今では考えられません…


能面も良いものが出ると高額になることが以前より多くなったように思います。

江戸時代も中期から後期に近い頃の制作でしょうか。彫刻は肉感的で見事なものですが彩色は拙い部分が見られます。


両方の紐穴から割れているので接着して裏は目の刳り以外布張りがされています。
無名ですが、雪の小面と呼ばれる系統の鉋目を踏襲した折り目正しい面裏です。


輪郭の型で「面型」と呼ばれるもの。
基本になるので最も慎重に丁寧に作ります。


上は中心線を通る横顔の型紙で「縦型」と呼ばれることが多いもの。これも非常に重要なものなので最低限の欲しい1枚。
下の3枚は横型でCTスキャンのような輪切り断面を表します。
手本面の出来や作業時間によりますが多いもので12枚〜14枚作っています。更に鼻、口、目などの部分の方も作るので数日掛かることもしばしば。

最近は各所からの修復のご依頼が増え、お流儀の本面の修復と写しをご依頼頂けるようになりました。誠に有り難い限りですが力不足を感じるこの頃です。



彩色の途中段階を載せた邯鄲男が仕上がりました。
 色白で神経質そうな優男にはなったかなと思います。
前回投稿の段階から一歩進めたところ。

久しぶりに「洗彩色」をしました。
一口に洗彩色といっても色々な方法があるようで、今回は岩崎久人先生風に。
“風”というのは先生の書籍を読んで口頭で少し質問させて頂いたのみ、その作業風景を実際に拝見したこともないからです。
教わる、教えることができないので、少しの説明だけで兎に角やってみなさい。。
技の習得はこれに尽きるとおもうのですが、教室の生徒さんには最も伝わらないところです。
もちろん本当の初心者さんには酷ですので説明しまくって(つもり)ますよ。
しかしながら、ある程度上達した方が更に数段上の難しい技法の習得を希望される場合に思うことはあります。


さて洗彩色の方法です。
毛描きや唇の朱など描くものは描き上がって薄っすら古色を付けた状態の面。
それをタライに張った水やぬるま湯に数秒間入れて濡らしタワシやブラシ…などで叩いたり擦ったりして、傷を付けます。
当然ですが、秘技があるようで岩崎先生と同じような傷や剥落を付けることができません。何とか研究していかなくては。。
膠の効き具合によっては殆ど変化しなかったり、大方洗い流してしまい端からやり直しということもある、かな〜り勇気のいるウルトラC的技法です。
上手くいくと肌の質感に変化が生まれ、ギラギラし過ぎた墨の黒や、真っ赤な唇などがシットリ落ち着いて良い色味になるのですが、落ち過ぎるのが普通なので部分の色を少し補ってから更に古色を打っていきます。


これはそこへ古色を重ねて濃淡が付き始めた段階。


更に進めてやっと能面らしい雰囲気が出はじめたところ。
洗彩色の味を失わせない程度に目の墨と唇の朱を入れ直して。。

ほぼ完成。
ここから油研ぎや…を経て完成させました。

穏当な照明。
ドラマチックな照明。





疫病で来年に延期となったお舞台で使って頂くのが楽しみです。


次のご依頼は大童子です。
大野出目家伝書によれば出目洞白が創作したということなので中世まで遡るような古作はない筈です。
彦根城博物館の洞水打が古面の中では最も知られたものではないでしょうか。
今回手本としたものは22歳の時に制作した氏春先生の写し。彦根城博物館の洞水打、掘先生の写しの写真。ネットに上がっている現代の様々な作。


右側は氏春先生の作品を忠実に写したもの(当時は精一杯でした)
氏春先生は蛙(銕仙会の形)以外は全て自ら手に入れた古面を写しているとおっしゃっていたので、本面のゆくえが知りたいのですが。。見つかったら大発見です。(一般には流布していません)
顔の幅を広くして全体の、奥行き?を少し厚くしました。
劇画調になり過ぎると思い眉の釣り上がりを抑えると共に骨格を非対称にしています。

洞水や氏春先生のお作は肌が猩々よりは薄いが赤っぽい。某お家の虫干しで実物も拝見した掘先生の写しは黄土系で目の作りを変えていらっしゃるようです。
これから彩色なのでご依頼の先生にお尋ねするのが順当でしょう。




木取り。素直な木曽檜なら竹のように真っ直ぐ割ることができます。


画像に写っている写真は長澤氏春先生のお作です。









目穴を刀で広げています。

ざっくりした制作工程の写真と動画。
どの面よりも大変とまでは思いませんが童子系は毛描きが肝です。