私は卵、牛乳、チーズ等を含め一切の動物性食品を摂取しない菜食主義、いわゆるヴィーガンである。理由を挙げれば枚挙に暇がないが、その全ては正義または道理に即している、と信じており、これについてはいかなる批評をも論破出来るという自信が、ある。しかし一方で、これは非常に危うい主張だということもまた、自覚しているのである。
それは一種の信仰なのだと言われれば、そうかもしれない、意向に反するものは一切受け付けない、という強い信念は(私自身が敬遠する)宗教に対する人々の執念と何ら変わらないだろう。悪意の無い、むしろ良心を持った信条であるからして、余計に厄介である。
友人などに理由を尋ねられれば嬉々として説明をするのであるが、持論を披露し終え満足するかと言えば、その後味は何故か大変に苦い。
他人への思慮やこころの柔軟さに欠ければ、それは結果的に誰をも幸せにしない。ということであろう。そして重要なことは、果たしてここに正否というものがあるのか、という点である。つまり、誰がそれを、正しいと認めるのか。
物事には善悪がないのだという事は一応、理解しているつもりでいるのだが、こと食に関する話となるとどうもいけない。凝り固まった思考を解して、もっとしなやかに生きていきたいものである。