◆彼は素早く相手のフトコロに入る! | ザ・ブルーズ・ナイト♪~イソノミヤを求めて~

ザ・ブルーズ・ナイト♪~イソノミヤを求めて~

”イソノミヤ”とは?ギリシャ・イオニア地方のかつての自由で平等な気風の無支配都市であり、伊勢神宮内宮(磯宮)の古い呼び名のことです。



<<Mona Lisa(モナ・リサ)♪>>





ちょっとこの曲をお聴き下さい。




☆Nat King Cole - Mona Lisa



Mona lisa, Mona lisa, men have named you

モナ・リサ、モナ・リサ、ヒトは君をそう呼ぶ。


You're so like the lady with the mystic smile

君は神秘的な微笑を浮かべた素敵な女性のよう




Is it only cause you're lonely they have blamed you?

君が独りなのは その近寄りがたさから?


For that Mona lisa  strangeness in your smile?

それは魅惑的な微笑みのせい?





Do you smile to tempt a lover, Mona lisa?

君は微笑みは恋人を誘うためかい?モナ・リサ?


Or is this your way to hide a broken heart?

それともこれは傷ついた心を隠そうとしているのかい?




Many dreams have been brought to your doorstep

多くの夢が君の前で語られる。


They just lie there and they die there

ただ語り終えると、夢は消え去ってしまう。





Are you warm, are you real, Mona lisa?

君の心は温かいのかい?君は生きているのかい?モナ・リサ?


Or just a cold and lonely, lovely work of art?

それとも、ただの冷たくて孤独な愛すべき芸術作品なのかい?



Mona lisa, Mona lisa

モナ・リサ、モナ・リサ




(作詞 J.Livingston & R.Evans 翻訳:宮下秀一)






「ダンディーで、クール、

いや~っ渋いです。」





それについては、

私も同意見です。





「おそらくカメラ目線で

喋(しゃべ)って

いらっしゃるのでしょうけど・・・。」






ハイ。





「ただ、それだけなのに・・・。

知らず知らずのうちに、

引き込まれてしまいます。」






そうですね。





「近くに、私のすぐ近くにいて

本当に、まるで前からの知り合いの様な、

その様な近さです。」






なるほど。





「武道で言いますと、

懐(ふところ)に入られる。

とでも言うのでしょうか?」





ほう。




「それは自分にとっては、

明らかに油断であって、


それはあってはならないコトです。」






なるほど。





「特に相手と相対(あいたい)しているトキは」





そうですか?






「それをこうも簡単に

見ている私のココロの中に

スーッと入ってきて」










はいはい。






「そして、

まったくの自覚なしに、

心(しん)の臓(ぞう)を鷲掴(わしずか)み

にされたみたいです。」






ホーウ。





「それから、寸分のスキの与えず・・・。」





ハイ。





「この歌ですよ。モナ・リサ♪」



「甘く、張りのある声。

艶(つや)っぽくて、


ほのかに

成熟した大人の色香(いろが)を

漂わせています。」






そうですね。






「もう~打ちのめされました。」


「完全に降参です。参りました。」








これは1950年のリリースされた、

「モナ・リサ(Mona Lisa)」と言う

彼の大ヒット曲です。





(モナ・リサ)





最初、彼はこの曲を

あまり気に入っては

いなかったと言うのですが・・・。





ですがこの甘いバラード、

ヒットチャート1位になり

300万枚を販売したそうです。







「そうしますと、

私以外にも300万人のココロを

打ち抜いたのですね。」






好意的に考えると、

そうなりますネ!^^






<<ナット・キング・コール登場!>>



今回ご紹介するジャズ・マンは

ナット・キング・コールです。





今回ご紹介するジャズ・マンは
ナット・キング・コールです。






彼は4歳前後に母親からオルガンの

手ほどきを受けて、

10歳代で本格的にピアノのレッスンを

はじめます。





「最初はピアノ・マンだったのですか?」





そうです。


クラッシクを学んだ様ですが、

それからジャズに転向したそうです。





「なるほど。」






それからミュージカルのピアノ弾くや

クラブでの演奏を3人編成のバンドで

やったりしました。





「ホ~ウ」





当時はビッグバンドの時代だったのですが、


彼ののピアノ、ギター、ベースからなる

編成は革新的で、

ジャズトリオのスタイルの

流行となったそうです。





(ナット・キング・コール・トリオ)





「なるほど」






それにしてもこの滑らかで

艶のある声です。

ソロの活動でも引く手あまた

だったそうです。





「そうでしょう。そうでしょう。」^^






ちょうど1950年代に

主催するテレビ番組がありました。




(バラエティーショー:ナット・キング・コール・ショー)






「ホウ、ホウ!」





それが例の公民権運動の影響で

スポンサーがいなくなって・・・。





「あら、まぁ!」





彼は”活動家芸能人ではない”

というスタンスを取ったのですが、




番組は惜しくも終了。


1950年代後半、

彼もヒットチャートから

影が薄くなりかけていたのですが、






「ですが・・・。」






1960年代に復活します。





「さすがですね。」




ただ彼には生活習慣に問題がありました。





「ホウ!それはどの様な?」






それはタバコです。






「タバコ?ですか?」






そうです。

彼は1日にクール(KOOL)を

3箱も吸うヘビースモーカーで、






「1日にタバコ3箱ですか?」





そうです。





「シンガーなのに?」





そうです。



どうやら彼自身は

”タバコは声を低音にする”


そう信じていた様です。






「そうですか。」



「でも、それについては、何も言えませんネ!」



「信じていたのですから・・・。」







それで彼は肺がんのため

45歳の若さで亡くなります。





「惜しいです。45歳といったら?」







そうです。シンガーとしたら

まだまだ絶頂期です。






「残念ですネ!」






ですが、

古くからのスタンダード曲。


例えば、

「スターダスト(Stardust)」など

彼の歌が決定版とされるものが多いですね。





「O H ~ !」





他にも、

「ルート66」

「トゥー・ヤング(Too Young)」

などもそうです。



彼の歌でスタンダードになった曲は

かなりあります。





チャップリンの映画「モダンタイムズ」の

テーマ曲(インストルメンタル)

「スマイル」

も彼のレコードが決定盤ですよ。





(チャップリンの映画「モダンタイムズ」)





「映画に細心の注意を払うとされ、

完璧主義者の異名を持つ

あの*チャールズ・チャップリンが

テーマ曲に採用ですか?」






そうです。








*チャールズ・チャップリン


本名:チャールズ・スペンサー・

チャップリン・ジュニア


イギリスの映画俳優、映画監督、

コメディアン、脚本家、映画プロデューサー、

作曲家である。


わずか数秒のシーンを納得のいくまで

何百テイクと撮り直したことなどから、

業界随一の完璧主義者と呼ばれた。



特に『街の灯』における花売り娘との

出会いのシーン(わずか3分ほど)では、

一年以上にわたって342回ものNGを出した。



この映画は完成までに534日かかっているが、

たった一つの場面だけに368日が費やされている。









彼のアルバムのタイトルトラックは

今でも人気が高く、

いくつかの映画のサウンドトラックに

使われるコトもあります。






「早すぎた人生とはいえ、

いや~っ!素晴らしい数々の曲を

そして思い出を残して頂きました。」




「感謝致します。」








☆L-O-V-E(訳詞付) - Nat King Cole ♪



☆Smile 訳詞付- Nat King Cole♪   


☆Star Dust 訳詞付/ナット・キング・コール ♪



☆FLY ME TO THE MOON(訳詞付) /

ナット・キング・コール ♪









☆ナット・キング・コール NAT KING COLE


本名:ナサニエル・アダムズ・コールズ

(Nathaniel Adams Coles)

 (1919年3月17日 - 1965年2月15日)


アメリカアラバマ州モンゴメリー生まれの

ジャズ・ピアニスト・歌手。


「キング」は愛称。 


往年のファンや洋楽通からは

ナッキンコールと呼ばれることが多い。




ナット・キング・コールは、

ジャズピアニストとして傑出した

最初のアメリカの音楽家だった。




彼の人気は彼のソフトなバリトンの声に

よることがほとんどの様で、

それはビッグバンドやジャズのジャンルで

歌われた。





スウィング・ジャズ時代末期の傑出した

ジャズピアニストとポップ歌手として、

彼は20世紀の半ばの10年間、自身の足跡を記した。






<略歴>



◇初期


滑らかな、よくよく明瞭に表現された

声のスタイルで知られているが、

ナット・キング・コールは、

実際はピアノマンとしてスタートした。




アラバマ州モンゴメリーで生まれ、

教会オルガン奏者(教会聖歌隊ディレクター)

の母のペリーナから

4才前後ごろから

オルガンを習っていた。




バプティスト牧師の息子、

コールは宗教的な音楽を演奏し

始めたかもしれない。




10代前半では、コールは

正式なクラシックピアノの訓練を受けた。



結局、彼は他の音楽(ジャス)への

情熱のためにクラッシクは捨てられた。






モダンジャズのリーダーのEarl Hinesは

コールの最大のインスピレーションの

一つであった。




(Earl Hines)




15歳の時、彼はフルタイム・ジャズ・

ピアニストになるために学校を中退した。





1930年代からピアニストとして活動。




コールはしばらく彼の兄弟エディーと

協力し合った。

そして、それは1936年に彼の

最初のプロ用の録音をするに至った。






彼は後にミュージカルのレビュー

Shuffle Alongのために全国ツアーに

加わった。そしてピアニストとした演奏した。




(Shuffle Along)





翌年、コールはthe King Cole Trio

をまとめ始めた。


その名前は子供たちの

歌いながらの遊びのヒトツになった。







◇「Nat King Cole Trio」



1937年、ロサンゼルスのクラブオーナーより

ナット・キング・コールの洗礼を受ける。





1937(それとも9)年にギターリスト

Oscar Moore

ベーシストWesley Princeとで

結成したトリオ「Nat King Cole Trio」

での活動は有名。





(Nat King Cole Trio)




 ビッグバンドの時代におけるコールのピアノ、

ギター、ベースからなる編成は革新的で、

ジャズトリオのスタイルの流行となった。





その間、艶のある声を買われて

歌手としても活動するに至った。





1940年キング・コール・トリオは、

デッカレーベル用に最初の面を録音した。






1943年キャピトル・レコードのために

コールの最初のセッションがクラッシクの

“Straighten Up and Fly Right”




(Straighten Up and Fly Right)




そして

“Gee, Baby, Ain’t I Good to You?”

だった。



同年、彼らは広範囲にツアーをして

コールによって書かれた

"That Ain't Right,"

は最終的にチャート・インした。








1944年、「ストレートン・アップ・

アンド・フライ・ライト

(Straighten Up and Fly Right)」、

父親の説教の一つに触発されたモノのひとつで、

その説教はグループのために

もうヒトツのヒットとなった。





1946年に ジャンピンジャイブから

ポップバラッドへのコールの転換期がきた。




 “(I Love You) For Sentimental Reasons”

「(私は、あなたを愛しています)

感傷的な理由のために」はKing Cole Trio

を100万枚セラーにした。






 トリオは、ホリディ(休日)の

古典的な"The Christmas Song"と、



バラードのような

“(I Love You) For Sentimental Reasons”

でポップ・ヒットで、トップに台頭し続けた。





 同年“(Get Your Kicks On) Route 66”

コールのレコーディングはR&Bチャート・インした。

その曲は3位でピークを迎えた。



その年の夏過ぎにポップ・チャートで

トップ10は逃したが同様にヒットした。







1948年コールは17歳で結婚した、

最初の妻ナディーヌ・ロビンソンと離婚した。


しばらくして、

歌手のマリア・エリントンと結婚した。








そして4人の子供と1人の養女からの5子を儲けた。





1950年代では、ナット・キング・コールは、

人気ソロパフォーマーとして登場した。


 "Nature Boy," 、
"Mona Lisa, " 

"Too Young, "

そして"Unforgettable."彼は多数のヒットを

勝ち取った。




("Unforgettable.")




スタジオでは、コールは

Louis Armstrong




(Louis Armstrong)



Ella Fitzgeraldで有名なアレンジャー





(Ella Fitzgerald)





Nelson Riddleを含む、国のトップ・タレント

の幾人かと共に活動する様になった。




(Nelson Riddle)




彼もまたエリアの他のスター(格好良く

人気のあるFrank Sinatraの様な)たちと

友人になった。



(Frank Sinatra)





1950年、コールは最初は好きではなったと言う

バラード、「モナ・リザ(Mona Lisa)」が

大ヒット。1位になり300万枚を販売した。






1951年 コールは

“Unforgettable,”「忘れられない」

を録音。12位に入った。





40年の後の、ナタリー・コールは

オリジナルの彼女の声で、

高音として近いチャートで

父-娘デュエットを多重録音で作成した。




(ナタリー・コール)




コールは多くの白人の家族のために

バラエティーのTVシリーズのホストをつとめる

初のアフリカ系アメリカ人のパフォーマーとして

1956年にテレビの歴史を作った。





ナット・キング・コール・ショーは

Count Basie, Peggy Lee, Sammy Davis Jr.



(Count Basie)





(Peggy Lee)





(Sammy Davis Jr.)




そしてTony Bennettを含む




(Tony Bennett)




その日の主要なパフォーマーの多くを

主演させた。




彼は、毎晩彼らのリビングルームに

迎え入れられた最初の黒人だった。







アフリカ系アメリカ人パフォーマーとして、

コールは公民権運動での

彼の位置を見つけるコトに苦労した。



彼は特に南部でツーリングしながら、

じかに人種差別に遭遇した。





1956年、コールは、アラバマ州の

混血のパフォーマンス中、

白至上主義者に襲われた。







彼はショーの後に行われた人種統合

についての彼のより支えとならない

コメントについては、

他のアフリカ系アメリカ人に叱責された。



コールは基本的には、

活動家芸能人ではなかった

というスタンスを取った。







1957年“Send for Me,”

コールの最もロックンロールを

明白に指向するナンバーは

ビルボードのR&Bチャートで

2週間トップを入りした。






同年12月にコールは64回ホスト役を勤めた。


そしてNBC-テレビで毎週15分の

バラエティーショーの

ナット・キング・コール・ショーの

最終回は放送された。



それは黒人が主催するショーを後援する

全国の広告主がないためだった。





後援問題は、表面上、アフリカ系アメリカ人の

芸能人を呼び物にしたプログラムを



支持する会社のない時代の

人種的な問題の反映とみなされた。






彼のショーが終わった後、コールは

テレビでの存在であり続けた。


彼はThe Ed Sullivan Showや

The Garry Moore Showに出演した。




(The Ed Sullivan Show)




(The Garry Moore Show)




レコード・チャート上のコールの存在は、

1950年代後半に減った。



しかし、この減少は長くは続かなかった。

彼のキャリアは1960年代初頭に

トップ・フォームに戻った。





1962年“Ramblin’ Rose”「ぶらつくローズ」

は2位に、

それはコールのポップ・シングルの

最高位になった。



またアダルト・コンテンポラリー・チャートでは

1位、R&Bチャート7位だった。






◇映画出演


大画面で、コールは最初の大部分は

彼自身のいくつかのバージョンをプレイし、

1940年代に小さな役割で出演し始めていた。




彼は1950年代後期にかなり大きな部分を

占めるコトになった。

そして、Errol Flynn主演”Istanbul(1957)”に

出演した。




(”Istanbul(1957)”)





その同じ年、コールはGene Barryと

 Angie Dickinsonと共に戦争ドラマ” China Gate”

に出演した。




(” China Gate”)




彼の唯一の主役は1958年にやってきた。


ドラマ St. Louis Bluesで、




(St. Louis Blues)




 Eartha KittとCab Callowayが出演した。

コールは映画に中でブルーズの

偉大なるW.C. Handy役を演じた。





彼の最後の映画出演は1965年にやってきた。

 気楽なウエスタン映画” Cat Ballou”で

 Jane FondaやLee Marvinと一緒に演じた。



(” Cat Ballou”)





1950年代以降はジャズからポピュラー界に軸足を移し、

テレビにも多く出演し広く大衆的な人気を得た。




「スターダスト(Stardust)」など

古くからのスタンダード曲は、

コールの歌が決定版とされるものが多い。




また「ルート66」「トゥー・ヤング(Too Young)」

「ホエン・アイ・フォール・イン・ラブ

(When I Fall In Love)」
など、


コールの歌でスタンダードとなった曲も枚挙に暇がない。






チャップリンの映画「モダンタイムズ」の

テーマ曲(インストルメンタル)である

「スマイル(Smile)」

もコールのレコードが決定盤。





さらに、映画では「忘れられない人

(Untamed Heart)」のエンディング曲として




(「忘れられない人(Untamed Heart)」)





「ネイチャー・ボーイ(Nature Boy)」が流れ、

劇中でも重要な意味を持つ歌として使用される。







ミュージカル映画

「ムーラン・ルージュ!(Moulin Rouge)」

においても、テーマ曲として使われた。




(Moulin Rouge)




近年ではセリーヌ・ディオンがカヴァーをしている。



(セリーヌ・ディオン)





◇死去


ポピュラー界で人気者となったコールも、

1956年にはストレート・アヘッドな

ジャズ作品「 After Midnight」を発表し、

自分の原点を見つめ直した。



1964年の「L-O-V-E」が、

生前最後の大ヒット曲となった。





なお2回の来日経験があり、東京都赤坂の高級キャバレー

「ニューラテンクォーター」でライブショーを行い、

TBSでテレビ用の録画も行っている

(かつて、レーザービジョンで市販された)。




コールは1日にクール(KOOL)を

3箱も吸うヘビースモーカーで、


コール自身は「タバコは声を低音にする」と信じていた。






1964年に、コールは、彼が肺がんに

かかっているということが判明した。



ちょうど数ヵ月後の1965年2月15日

サンタモニカ(カリフォルニア)で、

病気に屈した。


歌手としてまだ絶頂時の45才だった。





Rosemary Clooney, Frank Sinatra




(Rosemary Clooney)




そして Jack Bennyの様な




(Jack Benny)




エンターテイメントの世界の「名前」が

伝説的な音楽家の葬式に参列した。


そして、ロサンゼルスで数日後に

催うされた。




この時期にリリースされた

” L-O-V-E”

はコールの最終的な

録音であることが判明した。




アルバムのタイトルトラックは、

今日まで非常に人気があり、

いくつかの映画サウンドトラックで

フィーチャーされた。






◇影響


ジャズ以外のジャンルの音楽への影響も大きく、

ロックの殿堂」にアーリー・インフルエンス

(初期の影響)部門で殿堂入りしている。



ちなみに、授賞式でのプレゼンターは

レイ・チャールズが務めた。




美空ひばりもコールのファンとして知られ、

1965年にアルバム『ひばりジャズを歌う-

ナット・キング・コールをしのんで-』を制作。




(アルバム『ひばりジャズを歌う-
ナット・キング・コールをしのんで-』
)



         (ウィキペディアより抜粋)



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