私の通っていた高校は少し変わっていて
月曜日から土曜日の内、確か木曜日だったと思うが
この日は授業が無い。
体育館に集められ映画を見せられたりクラブ活動をしたり。
私が1年のときに入っていたクラブは確か美術部と科学部。
このクラブは放課後のクラブではなく木曜日だけ行われるもの。
その科学部での話し。
担当の先生は物腰が柔らかく、おもいっきり訛っていた。
ちなみに私は「とぉちかつー」と呼ばれていた。
名前まで訛らなくても良いのに・・・
高校には不良は存在しなかったがつっぱってるのは居た。
この科学部にもつっぱってる3年の3人組がいた。
彼らは物腰が柔らかくおもいっきり訛っている
担当の先生に対してはタメ口。
先生も負けてなくタメ口。
高校に入ったばかりの私はいつもチョット距離をおいて見ていた。
夏休み前のクラブの時間、その3年の3人組と先生が話をしていた。
確かこんな感じだったか。
3年3人組 「車の免許をとったらお前んち行くぞ」
先生 「いいよ来いよ」
3年3人組 「場所とこだよ?」
先生 「茨城だ」
3年3人組 「どおやって行くんだよ」
先生 「今造ってる常磐自動車道を終点まで行って
インターを降りて俺の名前を言えば家を教えてくれるよ」
3年3人組 「誰に聞いても分かるのかよ、嘘つくんじゃねーよ」
先生 「ほんとだよ」
常磐自動車道がまだ途中までしか出来ていなかった頃の話。
いくら地方でもインターを降りて名前を言えば教えてくれるって・・・
面白く無い冗談である。
と、私も思っていた。
この先生は家の都合とかで翌年教師をやめて家に戻ってしまった。
でもこの事を思い出し考えてみると、
あながち先生の言っていた事は嘘ではないのかも、と。
この先生の苗字は「水戸」
当時どこまで高速が出来ていたかは分からないが水戸といえば・・・
最初から印籠を出してくれれば分かりやすかったのに・・・
この3年の3人の内1人は同じ中学校だった。
その人は私の事を知らなかったが、
彼はチョット目立っていたので私は知っていた。
卒業したあとも街ではよくすれ違ったりしていたが、
中高を通じて1回しか話したことが無かったので挨拶をした事はなかった。
先日町内会の掲示板を見たらこの方の名前があった。
訃報
亡くなったらしい
歳は2歳上
ショックだ
ご冥福をお祈りいたします。