やってきました!日出生台(ひじゅうだい)(*^^)v
三好達治の詩「大阿蘇」を思わせる、穏やかで緑豊かな草原。ここは大分県の中央部に位置する「日出生台(ひじゅうだい)演習場」。西日本最大の自衛隊・米軍教養の実弾射撃演習場だ。「松山市平和資料館をつくる市民の会」の平和スタディーツアーとして、7人で参加した。
三崎からフェリーで佐賀関へ着き、日出生台演習場へ向けて車を走らせる。すごい濃霧だ…。進めるのだろうか…。15年くらい前にも来たことがあるが、積雪に阻まれて丘陵手前で断念し、湯布院でコーヒーを飲んで帰った。今度は大丈夫かな?
大分県原水協、平和委員会の遠入健夫さんが、熱心に説明してくださるので予習は万全。
テキストまで手づくりして人数分用意してくれていた。
車で進む。どんどん進む。
日出生台の日米共同の実弾射撃演習場の面積は約5千ha。
北海道・矢臼別、静岡・東富士演習場に次ぐ国内3番目で西日本唯一の大演習場だ。
もともと100年以上前、明治政府の富国強兵政策の下、軍部が突然、
実弾射撃演習場として踏み込み、
水田や畑作を営んでいた住民は強制的に立ち退きさせられた。
戦後は、米軍に占領・接収され、山肌は削られ、谷は埋められ、
近代兵器による激しい演習で山野は傷つけられた。
朝鮮戦争当時は約3万人の実戦部隊が昼夜の別なく訓練を繰り返し、
占領軍による盗難、婦女暴行事件が相次いだという。
現地では、遠入さんの娘婿の方が、いっそう熱心に説明してくださる。
この美しい草原を舞台に、155ミリ榴弾砲や戦車砲、機関銃の実弾射撃が
ちょうど行われていて、火炎が上がり、ドカン!ドカン!と爆音が轟いていた。
今日は雲が低く垂れこめていたため、特に大音量に響いた。
実弾射撃の音を生で間近に聞いたのは初めてだ!すごい音。
現在、演習に反対する住民グループは監視小屋から監視を続け、
抗議集会を開いて平和と安全を取り戻そうと一生懸命だ。
夢中で遠方を凝視するうち、足を滑らせて草むらにずっこけた園子さん。(笑)
引きあげる佳代さん。
杖をついて参加の畑野先生、お元気だ。
平和を願う情熱は少しも衰えをみせない。
湯布院
さてさて、スタディツアーの後半は、プチ観光。
湯布院までひきかえして、甘味処へ直行!
香川は「うどん県」を盛んにPRしているが、大分は「おんせん県」というそうだ。
初耳だが、日本最古の道後温泉を有する愛媛県人としては、いささか複雑な気もする。
「うどん県」と「おんせん県」に挟まれた我が県は、何というのだろう?
「みかん県」だと和歌山と重複しそうだし、「いよかん県」あたりが妥当か?
湯けむりをイメージしたと思しき綿菓子が乗っかった抹茶アイス。
これもそんな感じ。
もちろん、全部私が食べたわけではなく、
みんなの食べたおやつ。
夕食交流と温泉入浴!
夕食交流会は、ホテル1階の居酒屋「つぼ八」で。
ホテルからほど近い場所に、公民館風の市営・民営温泉がいくつもある。
「松原温泉」と「永石温泉」にはいった。近所のおばさん・おばあさんが気軽に利用している
銭湯で、100円ではいれる。下足箱だの脱衣ロッカーだの鍵のかかるようなものはな~にもない。
のれんをくぐるといきなり浴室、って感じで、浴室に浴槽があるだけだ。壁側の棚の前が脱衣場であり
脱いだ衣類をただ置いておくだけ。とびらも何もありはしない。
朝は6時半から利用できる。
別の温泉には、人材募集の張り紙があった。
番台にすわるアルバイトで「75歳までの方」とのことだった。
74~5歳の方を想定していると思われる。
プチ観光・2日目
地獄めぐり
中学の修学旅行以来の地獄めぐり。
海地獄
坊主地獄
大正末期の坊主地獄写真
血の池地獄
血の池地獄の足湯を楽しむ、畑野先生。
あ~、極楽極楽・・・。
売店で、孫娘「ももちゃん」へのおみやげ「ももちゃんタオル」を
手にしてご満悦の梶原さん。
茹で卵をほおばりながら指をさす久子さん。
血の池地獄に咲くアジサイ。
一つの花の中で赤から青にグラデーションしている、その名もまさしく
紫陽花
竜巻地獄
1時間に1回くらい噴き上げる「竜巻」。
昔より勢いがなくなった、との声も・・・。
おしまい









































