吾輩は猫にはなれぬ 旅愁かな
またもや大きく時期を逸してしまったのであるが…
夜行高速バスで九州へ渡った。
まずは、熊本市内に宿をとり、漱石が松山中学を辞めたあと教鞭をとった、
熊本五高(現・熊本大学)を訪ねてみた。
熊本大学の敷地内に「五高記念館」として、門柱や校舎の一部が現存している。
小泉八雲もここで教えていた。

五高記念館は、NHKの坂の上の雲の撮影にも使われた。
大学予備門の試験のシーンでは教室が、陸軍大学校の設定では
門柱あたりが登場したと思う。
熊本へ行ってみると、まちじゅうに「くまもん」があふれていて、
表情も動きもあって、とっても可愛いく思えてくる(*^。^*)!
火の国や黒のひきたつ城の秋
「武者返し」と呼ばれる、とても急な反りが美しいとされる石垣の上に、五重六階の大天守と、
二重ニ階の小天守が並んでいる。

錦秋の熊本城をあとにして…
熊本駅からバスで40分、念願の小天(おあま)温泉に到着*\(^o^)/*。
漱石が明治30年に訪れ、とても気に入った地だ。
ここでの体験がベースになって、後年名作「草枕」が誕生した。
漱石が滞在した、前田案山子の別邸が、部分的に現存している。
かんてらや師走の宿に寝つかれず 漱石
崩れかけながら、浴室も残っていて、草枕の重要なシーンを脳裏に重ね合わせると、
なるほど…と、その世界に浸ることができるヾ(@⌒ー⌒@)ノ。
草枕交流館は私一人の貸切状態で、ガイドの方がつきっきりで詳しく説明してくださった。
なだらかな坂を登ると草枕温泉というのがあって、露天風呂を楽しんだ。
秋の日差しを軽く浴びながら、眼前に広がる真っ青な有明海に雲仙を臨めば、
心と体の凝りがほぐれ、漱石が求めた、非人情の境地を味わえるような気がした。
有明に向いて秋の湯気白し

県立美術館では、細川コレクションの常設・企画展示で名品の数々を鑑賞し、
くまモンケーキを食べた。
福岡市周船寺
一度行ってみたかった、博多の西の「周船寺」。
駅から7~8分の、西区泉公園は閑静な住宅地の中にあった。
ここには昔、海軍の小さな基地があり、昭和19、20年頃、
父が予科練の訓練を受けていた場所だ。
公園の片隅に記念碑が建っているが、ここにかつて
海軍の基地があったことを知る人はほとんどいない。
父の最晩年の日記にメモがあった。
(父メモ)
予科練へ行ったことは母に心配をかけた。博多の西の、
福岡海軍航空隊周船寺分隊に所属していた。
終戦になり「米軍が上陸してくる。飛行兵やから早く帰れ」と言われ、
航空隊で百円札1枚を渡された。切符も買わずに列車に乗り、帰ってきた。
近所で一番早く、8月20日には帰っていた。
近くの親が「田尾には帰っとるぞ」ということで、家へ尋ねにきた。
とにかく早く帰っていた。




































































