先日、映画「教皇選挙」を見てきました。
大変美しい映画でした。
舞台はシスティーナ礼拝堂という密室で、背景はほぼ大理石、出演者はほぼ高齢の男性、衣装もほぼ全員お揃いの僧衣、頭には帽子、という制約の中、場面ごとに色の配置や配分、角度などで、ちょっと抽象画っぽい雰囲気の画面が大変ハイセンスで、最後まで満足でした。
内容的には、エンターテイメントとしては十分に楽しめます。
基本、文芸作品が苦手な私でも、アクションもラブもない映画なのに、
「この結末……、どこへ?」
と、目が離せません。
とはいえ、主人公のローレンス主席枢機卿の信仰に対する悩みに対する最後の答えとしては(共感しただけになおのこと)、
「えー……それ?」
と、ちょっと肩透かしをくらった感じでした。
ネタバレになるので、それは後ほど。
そして二日前にフランシスコ教皇が亡くなられ、これからリアルに教皇選挙が始まります。
映画の中でもローレンスの胃が心配でしたが、どんな選挙になり、どんな方が次のカトリック世界を牽引されるのか、世俗の世界が激動している今、良い選択がなされるようにと祈ります。
お亡くなりになったフランシスコ教皇は、カトリックという保守的な世界において、リベラル化を推進された方だそうです。
保守からは普通に叩かれ、リベラルからは不十分だと叩かれ、ご苦労が絶えなかったのだとか。でも、それでも地上の汚濁の中を歩き続けるということに、信仰の力、尊さがあるのかなと思います。
コンクラーベって毎回なかなか決まらなくて、「根比べ」っていう冗談もよく聞きますが、この映画でも何回も投票が繰り返されます。
その度に、投票権を持つ枢機卿たちの間で、根回し、駆け引きが行われ、そして何よりも全体の空気感の変化で、今回はこの人、次はこの人と、投票の傾向が変わっていきます。
投票権を持つ枢機卿たちは、例のシスティーナ礼拝堂に隔離されているとはいえ、私たちの無意識と繋がっていて、出来事の全ては、この無意識の大きな流れの中にある。
そう思うと、自分もこの世界の空気感を担う一人として、無関係ではないんだよな、と思ったりもします。
で、ここから映画のネタバレになりますが……
いやね、何が肩透かしだったかというと、教皇の有力候補の人たちの持ってる闇(主人公のローレンスも含め、女性問題だったり、金銭問題だったり、人種差別的思想だったり、名誉欲だったりを抱えています)を、最後にダークホースが出てきて、
「全ては自分の心の中の問題だ!」
と、「正解」を掲げて全部回収してしまったことでした。
その言葉に衝撃を受けた他の枢機卿たちは、そのダークホースを教皇として選出するのですが、いくらそのダークホースのそれまでの行動と言葉に説得力があったとしても、枢機卿がそこで衝撃を受けてちゃダメなんではないかと、そこはもうクリアしててください、と思ってしまったわけです。
それは正解だけど、その正解がただその正しさだけでは罷り通らないから、コンクラーベは根気がいるんじゃないんでしょうかね。
その辺のアヤを見たかったような気がするのです。
とはいえ、全体としては映像も音楽も大変に美しく、
「劇場で見て良かった……」
と思う作品でした。
ちなみにローレンス役のレイフ・ファインズは、ハリポタのヴォルデモードだそうです。
それとベニテスが、ダ・ヴィンチのサルバドール・ムンディに似てると思ったのは私だけでしょうか?