Tao House

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神の使者から『奇跡講座』に出会って、十数年。
日々をACIMに過ごそうと、聖霊と一緒に訓練中です。

拙著『ACIMで行こう!』『 ACIMで行こう!2』ともに、 紙の本のAmazonでの新品の取り扱いがなくなりました。 在庫はございますので、下記HPをご確認ください。


Tao House ・個人セッション ・紙本販売 


 

一昨日、ちょっとジンにライムでも入れて飲もっかなーと思って(夏はこれがたまりませんね♪)、庭にミントを採りに行きました。

キッチンガーデンって憧れなんですけど、あいにくそんなおしゃれな庭ではありません。

が、シソとミントとローズマリーはよく使うので切らしません。農薬を使わない、実用的な薬味専用エリアがあります。
今年はお向かいさんからニラとバジルももらいましたので、ちょっと賑やかです。

 

夏至前後の時期が、多分季節の中で一番好きです。
そしてその中でも、特に夕暮れが好きです。

その時ももう七時を過ぎていて、辺りもそこそこ暗くなって、薄墨色に青を溶かしたみたいな夕暮れでした。ミントの柔らかそうなところを探して、ちょきんとハサミで切りながら、

「ああ、昔はこういう夏の宵も、もっと華やいでいたよな」

と思いました。

「華やぐ」という言葉がどうして浮かんだのか、ちょっと不思議な気がしました。


そして、急に父のことを思い出しました。

父は、本当に華のある人でした。
声が大きく、ガタイがよく、腕っぷしも強かった。
あんな本書いといてなんですが、私は強度のファザコンでした。

父がいると、何か楽しいことが起こりそうな気がしたのかもしれません。

機嫌のいい時の父は、お酒を飲み、タバコを吸いながら、大きな声で話し、笑い、歌を歌ったりしてました(近所迷惑w)。

私は父のそばで何をしていたのか、よく覚えていないのですが、なんだかんだとまとわりついて、長い父の晩酌の間中、そばにいた気がします。副流煙吸い放題でしたが、誰も気にしてなかったですね。

 

今の私は、未来の私に続いています。
ですから、今の私が変化すれば、未来の私も変わります。
今の私の変化が、未来の私へと連なる物語を変えるからです。

では過去はどうなんだろう、と時々思います。

 

今、ここ。
全ては、今、ここにある。

これは、時間も空間もない、ということです。

私たちが、時間が過去から現在へリニアに流れていると感じるのは、脳がそのように出来事を処理しているからだそうです。

そうであれば、今の私の在り方によって、現在から未来への物語だけが変わる、というのもなんだか変な気がします。

つまり、過去から現在への物語も変わらないと、かえっておかしいんじゃないか。
ベクトルの方向が違うからといって、違う法則が作用したら変じゃないのかってことです。

 

自分にとって辛い過去を、

「あの経験があるから今の自分がある」

というふうに、その捉え方や意味づけを変える、ということはよくあることです。

でも、それだけではなくて、その過去自体がいつの間にか別の出来事と入れ替わっていたり、違う結果になっていたり、違う文脈に置き換わっていたりしたとしても、今の私はそれに気づかないのかもしれません。

 

だから何って話なんですが、父の十三回忌も去年終わって、父の不在を

「あの頃は華やいでいたな」

というふうに思い出せたことを、なんだかしみじみと嬉しく思いました。

これからも少しずつ、良い過去として、思い出せたらいいなと思ったのでした。

 

 

で、次の日、ふと思い立って、ジブリの『耳をすませば』を見ました。

実は見てなかったんですが、そんなわけでちょっとノスタルジックになっていた私には、刺さりまくりました。

そして同時に、日常の全てがキラキラと輝いている雫ちゃんの二ヶ月を見ながら、

「あの頃は華やいでいたな」

という前日の呟きは、確かに懐古でもあったのですが、私自身の心の老化でもあったなと、しみじみと思いました。

 

……ちょっとキラキラしよう。

 

 

余談:雫ちゃんのお父さんの声が立花隆で、しかも結構上手くてびっくりしました。

   杉村くん、幸せになってね。

   雫ちゃんの私服、イマイチ……。