気がつけば師走……早いですねえ。
最近は庭の落ち葉がすごいです。
あ、クリスマスツリー出さなくちゃ。
先日のセッションでもちょっとお話ししたのですが、最近、ふと浮かんだ、
「世の中の半分はそういう人だから」
というフレーズが気に入っています。
人と付き合っていると、
「そういうことする?」
とか、
「そういうこと言う?」
とか思うことが多々ありますよね。
それはつまり、私だったらそういうことしないよとか、そういうこと言わないよとか思ってるわけで、つまりつまり、私が正しくてあなたは間違ってる、と言いたいわけで。
そして一度そういうふうにジャッジし始めると、
「だいたいあの人はいつもこうなんだよ。あの時もこんなだったし、この時も……」
と、そのことだけじゃなくて、ありとあらゆる記憶をかき集め、芋づる式にその人自体をジャッジしたくなってくるんですよね。
そうなってくると、その人とはもう根本的に相入れない、不倶戴天の敵!みたいな気分になってくるんですが、流石にこの歳になってくると経験値がそこそこ上がっているので、
「そういえば、あの人もそういうとこあるよな。ああ、あの人もそういう反応するかも。あの人も同じような性格してるよな……」
とか、なんか似たようなパターンがいくつか思い浮かんできて、
「そっか、世の中の半分はそういう人なんだ」
と、変な着地の仕方をすることが増えてきました。
要するに、私が正しいわけでも相手が間違っているわけでもなく、私が絶対にこうだ!と思うことに対して、そう思わない人が半分くらいいるんだな、なんか世界ってそういうふうになってるんだな、と思い至ったわけで、二元性は伊達じゃないってことでしょうか。
そういえば、なんかアニメかなんかで、
「キミは〇〇なフレンズなんだね!」
という言い回し?が流行ったことがありましたが、これもしばらくよく使ってました。
その人が私とは違った考え方をし行動をするのは、その人がそういうフレンズだから。
ただ違うだけで、正しくも間違ってもいない。
ただ私が腹が立つだけ。
だからそれを赦すだけ。
それでも腹が立ったら、そんな自分を赦すだけ。
発散するのもありですね。
掃除するとか、運動するとか、断捨離するとか。
地味だけど、これしかないのよね。
もちろん、現実的に困ったことになったら、それはちゃんと伝えないといけないんだけど、それは、猫に向かって、
「あなたが爪の引っ掛かりの良さそうな生地のソファを見ると、爪を研ぎたくなるフレンズなんだということは承知しておりますが、こちらもソファを破壊されると不自由しますので、恐れ入りますが、そこで爪を研がないでいただけますか?」
というような感じになるはずです。
猫には躾は通用しません。
できるのはお願いと防御だけです。
(猫飼いたい……!)