春の庭、そしてチェロ | Tao House

Tao House

神の使者から『奇跡講座』に出会って、十数年。
日々をACIMに過ごそうと、聖霊と一緒に訓練中です。

私の寝室には、鉄格子がはまっています(笑)

リフォーム前は台所だった場所で、勝手口がついておりまして、庭に出られるようになっていました。どういう理由かはわからないのですが、このドアからはすごく良い風が通るので、夏場もここを開けておくとクーラーいらずです。とはいえ流石に物騒なので、ちょっとおしゃれなデザインの鉄格子(実はガーデニング用のフェンスだったりする)をがっちりはめてもらい、開けたままでも寝られるようにしました。そしてそのドアの前の隣家との境のフェンスに羽衣ジャスミンを植えてみました。日当たりが本当に悪い場所なのですが、花屋のおじさんが、

「羽衣は強いから大丈夫だろー?」

というので、鉢で買ってきたのを植えておいたら、伸びる伸びるw

今花盛りで、寝室のドアを開けておくととてもいい香りがするので、昨日は布団を頭からかぶってドアを開けて寝ました。で、朝起きたら風邪を引いてました。

……バカです。

でも、すごく気持ちよかったです。

 

三本ある紫陽花は毎年ほとんど花をつけませんでした。

「日当たりが悪いから仕方ないわよ」

と母が言ってましたが、植木屋さんが、

「いや、紫陽花は日当たりはあんまり関係ないんだけどねえ」

と首をかしげるので、

「うーん、土が悪いのかしらね」

なんて言っていたのですが、ここ数年、母を手伝って庭をいじるようになって判明したことは、母の庭の手入れが本当にいい加減だ、ということでした。全部カンと気分と思い込みだけでやっているのです。で、紫陽花も伸び過ぎるからと言って、好きな長さにバッサリ切ってたらしい。私は紫陽花が大好きなので、どうにか咲かせたいと思い、調べてみたところ、

「お母さん、紫陽花って、上から2節目に花がつくらしい。そこより下を切ったら、日当たりも土も関係なく、もれなく花は咲きません」

「あらまあ」

「椿の剪定も、花が終わったらすぐやらないと。気が向いたときに切ってたでしょ」

「だって、夏になると枝が混んで病気になるじゃない」

「それ、花芽切っちゃってるよ。だからうちの椿、毎年咲かないんだわよ」

「ねえ、そういえば金木犀が随分茂ってるから少し……」

「ダメ。秋の花なんだから、今切ったら咲かなくなるでしょ」

「桃の実が随分なったから少し摘んでおかないと」

「桃は生理落果という現象があるらしいので、それまで待ってください。摘果はそのあとっす」

「ゆず……」

「ダメよ、切らないでよ!今調べるから!」

母のやりたいようにやらせてあげたい気もしますが、それだといつまでたっても花も咲かず、実もならなさそうなので、ご遠慮いただかざるをえず、その甲斐あって今年は紫陽花が随分、蕾をつけました。紫陽花の蕾は、何度見てもブロッコリーみたいです。

玄関の横のエゴの木(この名前が気に入って植えたw)は、よく見ないと気づかなくらいの小さな白い花を咲かせます。花芯は黄色で下向きに咲くので、一つ一つをよく見ると、レトロな電灯みたいです。今ちょうど花盛り、花期が短く、花ごと地面にぽとりと落ちるので、足元にも、かわいい花がたくさん落ちています。母はこの花がすごく気に入ったらしく、見るたびに、

「可愛いわねえ、ああ可愛い、ほんと可愛い」

とご満悦です。

 

一昨日は、

「今度の展覧会に出品する絵は、チェロの絵にする」

と決めたぽんぽんのリクエストで、チェリストが集まるイベントに参加しました。ピアノの先生のご縁です。その前の展覧会はシューマンの謝肉祭をテーマにした絵を描いてました。何気に音楽とリンクしているのが不思議です。なんか演奏会に行くとインスパイアされるらしいです。美術部にはピアノも得意な先輩もいて(時々合唱部に伴奏者として拉致されるらしい)、

「私も何か楽器やりたいけど、時間がないよ……」

と残念そうなぽんぽんですが、それってやっぱり私の時間がない病が伝染してるんだと思います。時間は作るものだよ、ぽんぽん。

ピアノの先生が主催の方にお話ししてくださって演奏中のスケッチの許可をいただいたので、ぽんぽんは私がのんびり演奏を聴いている横で、カリカリカリカリ……と一生懸命スケッチしておりました。ぽんぽんのスケッチブックを時々覗きながら、

(相変わらず人描くの下手だよなー。なんでわざわざ苦手なとこに突っ込んでいくんだろ)

と思っていたのですが、同じ角度のチェリストを何回か描いているうちに、チェロを挟む足の感じとか、弓をひく腕の感じとか、デッサンもだんだんさまになってきて、

(へえ、絵って、こうやって出来上がってくのか)

と、ちょっと感心した次第です。

ちなみにチェロの絵はすごくうまい。無機物は得意みたいです。

今回はチェロの試奏販売もやってて、私たちもちょっと弾かせてもらいました。

「わ、思ったより軽い」

「おおー、音が体に響くー」

ギギギー……と、異様な音を立てて大喜びする変な親子を暖かく見守ってくださった販売員の方は、最後にカザルスの『鳥の歌』をワンフレーズ弾いてくださいました。

ほぼ半日の長いイベントなのですが、その日のメインゲストは、オーストリアで活躍していらしたかなり年配の男性チェリストで、その方がすごく楽しそうに、そしてエネルギッシュに、かつ喋り、かつ弾きするのを見ていたら、この方の内面は音楽を通して磨き上げられて、たくさんの経験と学びが昇華されて、今、喜びでいっぱいで、そしてそれを分かち合いたいという思いが、こうやって溢れ出てくるんだなって思い、カリカリとスケッチする娘の横で、

「ああ、こういう風に生きたいんだ。こういう風に生きよう」

と、襟を正した次第です。

アンコールで弾いてくださった曲は、バッハの無伴奏チェロ組曲第6番のプレリュード。

「僕は全部弾いてもいいんだけどね〜、長いからね〜」

と笑って弾いてくださったその曲は、朗々と豊かな、深い響きでした。

 

チェロ・イベントの会場で、ピアノの教室の先輩に会いました。

先週の日曜日が発表会で、私はクレメンティのソナチネの全楽章とバッハの短い練習曲を弾いたのですが、その先輩が、

「バッハ、すごくよかったよー。練習大変だったでしょ」

と言ってくださったので、本当に嬉しかったです。

「はいー、大変でした。半年間ずっとこの曲弾いてました……」

と言ったら、その方も笑って、

「バッハはねえ。短いし、大して聞き映えもしないのに、なんでこんな大変なんだよ、って思うわよねー」

と。

発表会でも、クレメンティを弾くときは、

「まあ、これはコケてもなんとかなるし」

と開き直った感じで、

「うーん、発表会も7回目とかになると、なんか嫌な慣れ方をしてくるな……」

と変な反省をしたくらいでしたが、バッハは、一度コケるとグズグズと総崩れ、下手すると立ち直れなくなるので、クレメンティのような余裕はなく、

「うわー、やっぱりやめときゃよかった。今回バッハは弾きませんってなんで言わなかったんだろ」

と、改めて後悔したのですが、その緊張感のおかげか、弾いているときにぐっと音に集中する感じがすごく気持ちよくて、多分今まで一番うまく弾けたなって、自分ではたいそう満足していました。それをちゃんと聞いてくれた人がいて、

「よかったよ」

って言ってくれる人がいて、それってこんなに嬉しいんだなと、改めて思いました。ピアノは私にとっては自分の内側の充実のため、あるいは鍛錬(笑)のためだけに弾くもので、決して人様にお聞かせするようなものではないのですが、それでもこうやって受け取ってくれる人がいるというのは嬉しいことだし、やっぱり真剣に向き合ったものっていうのは、自然に分かち合われて行くんだなと、それもまた、嬉しい発見でした。