ミラクル(み):こんばんは。ミラクル@タオハウスです。
チューダ(ち):こんばんは。チューダ@タオハウスです。
み:昨日タオハウスに赤ちゃんが来たな。
ち:来た来た。ちっちゃかったな。
み:猫、好きだったみたいだな。けっこう俺たちに興味持ってたよな。
ち:うんうん。結局ずっとにこにこ見てて、俺たちにはさわらなかったけどね。たおが、「にゃんにゃんだよー、怖くないよー」なんて無責任なこと言ってたよな。
み:うん。まあ、俺たち怖くないけどな。ほとんど野生ないしな。
ち:ないな。
み:でも赤ちゃんからみたら、俺たち、虎とか豹なみじゃね?
ち:いや、昨日の赤ちゃんだったら、定春なみだろ。
み:銀魂見てない人には、定春、わかんないよ。
ち:じゃ、王獣?
み:もっとマイナーじゃね?要するに、ほぼ自分と同じってことだよな。
ち:自分と同じ大きさの猫に初めて会って、怖くないよーっていわれてもな。
み:タオは、途中からそれに気づいて、「ぽんぽんもすっかり大きくなって、赤ちゃんの目線でみるって、もう忘れちゃったなあ~」なんて言ってたけどな。
ち:ま、気づかないよりはましだけど、まだまだ甘いな。赤ちゃんの気持ちも、こどもの気持ちも、だれの気持ちも、ほんとはわからないってとこに気づかなくちゃね。
み:タオはそもそも、わかってほしい、わかってあげたい、っていう気持ちが強すぎるんだよ。で、そういう私って根が優しいのよね、とか思ってるからタチが悪い。
ち:そうそう。何度もVijayに、「自分のことがわからないのに、人のことがわかったり、人にわかってもらったりできるわけないでしょう」っていわれてんのにな。
み:昨日の赤ちゃんだって、俺たち見て何考えてたかなんて、だれにもわからないじゃん。大人はだいたい、「かわいいわね~」なんて子どもの気持ちをわかって代弁してるつもりなってるけど、もしかしたら「うまそー」とか思ってるかもしれないし。
ち:よく鳴りそう・・・・・・とか。
み:前世は三味線屋?
ち:そもそも、誰かの気持ちをわかろうとする時点で、「誰か」という外側を想定してるようなもんだしな。
み:そういう想定で、その対象をわかろうとする思考は、エゴにつかえているわけだから、エゴ的理性でしか理解できないってことだよな。
ち:意味ねえよな。
み:ねえな。タオの奴、最近、やっと、エゴ的理性と聖霊的理性があるってわかってきたらしいよ。
ち:エゴ的理性より感情の方がましだけど、感情は「世界はない」ってことを受け入れられないから、最終的には聖霊的理性で感情を訂正していかなきゃな。
み:コースにがんがん書いてあるのにな。ほんっとに人間って、自分の読みたいようにしか読まないのな。
ち:誰かを理解するときだって、理解したいようにしかしないのにな。
み:よく、子ども心を忘れない大人とかっていうけど、あれも変だよな。
ち:子ども心も大人心もない。神の子の心はひとつだもんな。子ども心を特別に純粋なように思いたがるのも分離だよな。
み:ま、だれのこともわかる必要もないし、わかってもらう必要もない、全部自分の心の中だってわかったら、タオも少しおちつくんじゃね?
ち:あいつ、経験してから認識するまで、すげー時間かかるんだよ。
み:それはまあ、しょうがないらしいよ。恐竜並にしっぽから脳味噌まで距離があるらしいから。
ち:でかいな。
み:無駄にな。ちゃんと自覚すれば時間短縮もできるはずだぞ。時間はないんだからな。
ち:時間はないけど、もう寝る時間だぞ。
み:俺たちいつも寝てるだろ。
なんて、猫漫才を書いてたら、あらあら、11時になっちゃった……。
今日は早く寝ようと思ってたのに。
みなさまおやすみなさい・・・・・・。