二人の僧侶がぬかるんだ道を歩いていると、川の渡渉地点に差し掛かった。そこで二人は、若い女性が渡れずにいるのを見つけた。水位が高く、流れが速く、彼女は怖がっていた。

年長の僧侶はためらうことなく彼女を抱き上げ、川を渡らせた。年少の僧侶は驚いて見ていました。彼らの戒律では、女性に触れることは禁じられていたからだ。

二人は何時間も黙って歩き続けた。ついに年少の僧侶は我慢できなくなり、「どうしてあの女を担いでいたのですか?女性に触れてはいけないと分かっているでしょう!」と叫んだ。

年長の僧侶は微笑んだ。「何時間も前に彼女を下ろしたのに、お前はなぜまだ担いでいるのだ?」

年少の僧侶は呆然とした。年長の僧侶は戒律を破ったのではなく、ただ困っている人を助けただけだったのだと気づいたのだ。担いでいたのはほんの数分だったが、年少の僧侶はずっと、彼を裁きの目で見ていたのだ。

「いいか」と年長の僧侶は優しく言った。「重荷は彼女そのものではなかった。彼女に対する君の思いだったのだ。私は彼女を川を渡って運んだ。ところが君は、もういないはずの彼女をこの道中、ずっと運んでいたんだ。」

若い僧侶は道端に腰を下ろした。彼は規則や裁き、何が「正しい」か「間違っている」かということにばかり囚われていて、単純な真実を見落としていた。誰かを助けることこそが、唯一の規則なのだ。

「これからどうすればいいのですか?」と彼は尋ねた。年長の僧侶は彼の傍らに座った。「彼女を手放すんだ」と彼は言った。「彼女を手放すのではなく、裁きを手放すのだ。彼女は君の腕の中にいたことは一度もない。君の心の中にいただけだ。」

若い僧侶は目を閉じた。彼はまだ腕の中にいる彼女を想像した。まだ重荷として。そして、息を吐きながら、彼女をそっと下ろした。たちまち安堵感が訪れた。

二人は黙って歩き続けた。しかし、その沈黙は以前とは違っていた。軽やかで、自由だった。その日、若い僧侶は一つのことを学んだ。私たちが背負う重荷は、出来事そのものではなく、それについて語る物語なのだと。

数年後、若い僧侶たちがそれぞれ自分の重荷を抱えて彼の元を訪れると、彼はこの話を語った。「それを下ろしなさい」と彼は言った。「背負う必要はない。裁くことが教えではない。ただ助けること、ただ手放すことだ。」

そして時折、川が増水し流れが速い時、彼はためらうことなく誰かを抱き上げ、対岸まで運び、そして下ろした。背負うことは何でもなかった。手放すことこそがすべてだった。