僕の名はピップ。苔むしたこの深い井戸の底で暮らす、自称・宇宙の支配者である。
「見ろ、この円形に切り取られた空こそが、世界のすべてだぞ!」
僕は毎日、井戸の縁を飛び回る虫たちに胸を張って自慢していた。湿った石の壁? ああ、あれはこの宇宙の「果て」だ。雨上がりにちょっとできる水たまり? フフン、あれこそがこの世で最も広大な「海」さ。知らないってことは、不幸なことだよなぁ。

――そんな風に僕の完全無敵の日常が続いていたある日。
大洪水に巻き込まれて迷い込んだらしい老いた海亀――モルウェンじいさんが、ドッコイショと井戸の縁から転がり落ちてきて、底の泥の上にフワリと着地した。

「ようこそ、我が広大な王国へ!」
僕は狭い壁をエヘヘと指差しながら、誇らしげに鳴いた。
「どうだ、あなたのちっぽけな池と、この僕の壮大な領土を比べてみて! あなたの世界は小さすぎて可哀想に、って感じだろ?」

モルウェンじいさんは、苦笑いしながら果てしなく広がる「青い海」ってやつについて説明してくれた。だが、悪いが僕には信じられない。亀の言葉を、全部この井戸のスケールに当てはめて考えてみたんだが……どう考えても嘘くさい。
「はっ、わけのわからないことを言うなよ」
僕は鼻で笑ってやった。
「僕が毎朝優雅に泳ぐ十歩の距離よりも広い水なんて、この世にあるはずがないんだからな!」

僕の絶対的な自信っぷりを見て取ったじいさんは、少し悩んだ末にこう言った。
「……それなら、少し私の背中に乗ってみるかの? 地上への短い旅だが、広い甲羅なら傷跡も気にならんじゃろう」

***

――数分後。

井戸の縁から外へ出た瞬間、僕の世界観は木っ端微塵に砕け散った。
「……は?」

目の前に広がっていたのは、果てしない地平線。
遠くにそびえ立く巨大な山々。
そして、想像を絶するほど広大にきらめく、あの「青い海」だった。

僕は畏怖と恐怖に打たれ、その場にガクンと崩れ落ちた。
マジかよ。僕が「宇宙のすべて」だと思っていたあの場所……実はただの地面に開いた、小さくて暗い穴だったのかよ。僕の認識、根底から覆されすぎだろ……!

「井戸を嘆くことはないよ」
増水した水に乗って帰ろうとするモルウェンじいさんが、優しく僕に声をかけた。
「あれは、お前さんが海を見る準備ができるまで、お前さんの命を守ってくれた安全な器だったのだからな」

じいさんの広い甲羅が、広大な海の向こうへと消えていくのを、僕はただ見つめることしかできなかった。
でも、不思議と自分がちっぽけな存在だとは感じなかった。それどころか、無限に広がるこの世界の神秘と、僕が深く繋がっているような気がしたんだ。

僕は井戸に戻った。
もう小さな領土の王としてじゃない。一人の「謙虚な生徒」として。
だって、あの狭い壁なんて、僕の精神にとって単なる――雄大な旅の「出発点」に過ぎないって知っちゃったからな。