――ルールを覚えることこそ、オレの強さなんだ。
キップという名の、勉強熱心な若い猿は、そう信じていた。
森のあらゆる厳格なルールを暗記することに、毎日を費やしていた。
「安全なツル植物はこれで、毒のあるベリーはこれ……よし、完璧だ!」
彼は頭の中に地図を描き、完璧な知識こそが安全な生活の鍵だと信じていた。
「……あのオランウータン、またボーッとしてるよな」
彼が目を向けたのは、ボドという名の老オランウータン。
ボドはしばしば何時間も、ただ雲を眺めて座り込んでいた。
「森の重要な教えを、ぜんぜん頭に入れてないみたいだな。かわいそうに」
キップは、ボドを哀れに思った。
「ルールで頭をいっぱいにしているな」
ボドはくすくす笑いながら、食べかけのイチジクを木々の梢に投げた。
「でも、果実を味わう余地がないじゃないか」
「なに言ってるのさ。ルールを知らなきゃ、生きていけないんだよ!」
キップはボドの言葉を無視し、乾季の正確な数値を誇らしげに暗唱した。
完璧な記憶力こそが、ジャングルで一番賢い霊長類だと豪語した。
「頭の中のチェックリストに従っている限り、どんな危険にも不意を突かれることはない!」
彼は完全に安心していた。
けれど、その安心は、ある日の午後に揺らぐ。
これまで見たことのない枝から、奇妙で甘い香りのする紫色の果実が落ちてきた。
「……な、なんだ、これ?」
キップの膨大な知識の羅列にも、その果実は全く見当たらなかった。
未知のものに怯え、キップは木の下で空腹に耐えながら座り込んだ。
正体不明の果実を食べれば、きっと苦痛に満ちた死が訪れるに違いない、と恐れていた。
「お前の知識は檻になっている」
近くのツルから、ボドの声が聞こえる。
ボドは軽々と降りてきて、その奇妙な紫色の果実をはがし、かじりついた。
「……えっ?」
老いたオランウータンは微笑んだ。
目は輝き、生き生きとしていた。毒の兆候は微塵もなく、ただ新しい味に深い満足感を覚えていた。
「森を真に知るには、まず森を忘れる覚悟が必要だ」
ボドはそう言い、甘く、見慣れない果肉をキップに差し出した。
「……ほ、本当に、大丈夫なのか?」
ためらいながら、キップは一口かじった。
――あまい。
その瞬間、彼は自分の厳格なルールを、ようやく手放した。
「真の知恵とは、重苦しい法典じゃないんだな……」
キップは、小さく笑った。
「未知を受け入れるほど軽やかな心こそが、本当の知恵なんだ」
彼は、空を見上げて、深く息を吸った。
「今日からは、たまにはルールを忘れてみようかな」