ブログ管理画面を開くと、アメブロさんが

〝○年前の11月にこの記事を書きました〟と自分の記事を紹介してくれまして。。

すっかり忘れていた過去記事を読んで、11月だからリブログしちゃおっかな♪と

そんなノリですみませんあせるリブログさせていただきます。

 

3年前、ユノが入隊中、ちょっと寂しかった11月にこの曲を聴きながら

心に漂っていたことを書いた記事。

もう、かなり遠いことのように感じてしまう。。

 

 

 

 

入隊前の予想では、しばらくは泣いて、ちょっと落ち着いたら

DVDを観たり過去記事を読んだり諸々しながら

ほのか~な熱量でユノを待つんだろうなと思ってた。

ところが実際は、姿をみることができない飢餓感や心配で愛しさがつのり

久しぶりに姿を見れば夢中になり、漏れ聞こえてくる美談に喜び

過去動画を振り返って昔のユノまでも惚れ直して・・・

結局さらに熱く、濃くなっただけだった(笑)。

でも上の記事みたいにユノの声を聴きながら静かに内省した日もあったな。

まあ結局会いたいとか、ユノ切れって書いてるけど^m^

 

 

何よりユノの健康と無事を願い、転役の日を待ち続けて

毎日意識のどこかでカウントダウンしながら祈った日々。

今、自分の心情はその時と似ている。

ユノが元気でいてくれたらそれでいい、朝と寝る前に祈ってる。

 

前の記事でも書きあぐねたのだけど

私はいつからか「信じてる」という言葉を使うのを躊躇するようになって。

それは、信じてないからじゃなく、それを発することでどこか相手を囲い込むというか

鎧を着せるように感じて、ストレートに使わなくなっていた。

でも今はユノが望むなら何度でも言いたい。

海を越えて聞こえるくらい大きな声で、10回でも100回でも1000回でも。

 

ユノのことを信じてるよ。

 

・・・でも信じてるってなんだろう。

 

疑問がわいて自分に問うと

“自分を信じているユノ”を信じる、と浮かんだ。

だから、もし今ユノが自分を信じられなくなったのなら私がその分信じるよと。

 

禅問答みたいでだけど、じゃあ、ユノの何を信じているのか?

 

ユノは、自らが心を開いて分け隔てなく人と接する人。

夢や希望を持つことで可能性は拓けていくと信じて、それを語り、自分も夢を追う人。

困っている人に手を差し伸べ、人を賛美し、周りを笑顔にする人。

いつか、経済的な理由でチャンスがない人のために学校をつくりたいと未来を描いて

忙しすぎるスケジュールを笑顔でこなし、ファンパボと言われるほどファンを愛し

公人であろうと可能な限り自分を律している。

言葉よりも行動で、全ては人生を懸けているステージでみせよう、そこで死んでもいいと

命がけで舞台に立ち、その一瞬を全力で生きる人。

そんな風に時を重ねて、縁を大切にし、道中にできるだけ多くの人と微笑みながら

人と共に幸せな道を歩みたいと願う人。

一言でいうと世界平和を純粋に願っている人。

だからそこには、国や故郷愛、アイデンティティはあっても国境はないんだよね。

 

これが私の信じているユノ。

ずっと、揺るぎなく私の心に住んでいる大切な存在。

 

信じてる。

ユノは困難から立ち上がること。

自分らしくまた歩き出すこと。

それまでは、自分を大切にしてね。

 

そうはいっても、来週は東京ドームでコンサートがあるから

あまりゆっくりできないけど、ユノが心ほどいて笑える人、温かく支えてくれる人と

一緒にいられたらいいな。

 

と、いつも以上にユノのことを考えながら

来週の自分の初日に向けて、心の純度を整えようとしてる。

あたり前のことなんかない。

だから、まだ何度か参戦するけど、一度きりの気持ちでステージに集中したい。

初めてコンサートに行った日のように、入隊中やっとユノの姿がみれた時のように。

転役後のSMTでユノの登場を何時間も待った時のように。

今無性にそんなモードです(*^^*)

 

今ユノに贈りたいお花は、ピンクのマーガレットかな。

 

 

 

お読みいただきありがとうございました。

遅出からの出張でバタバタ投稿です(^^;)

随時加筆修正するかもしれません。