私は幼い頃から嫌われていた。
理由はわからないが、邪険な態度を取られていた。
その事実が非力な自分が自分の体を守るためにするべき行動を促していた。
なるべく話さずに、なるべく音を立てずに、なるべく顔を見せずに
そんな生活を続ければ当然、恐怖心はより一層根深くなっていった。
そんな親と、家族との生活だった。
家の中に自分の部屋はなく、部屋の片隅だった。
家でできる娯楽は少なく、音が出ずに眠くなるまでの時間を潰すものとして私はずっと学校の教科書を読んでいた。
それしか普段から楽しめるものがなかった。
学校に行って帰って、時間を潰し、自分の置き場所で寝る。なにか話をすることもなく。
学校では多少は勉強できても、親とのコミュニケーションはできていないから行事系は致命的。
お小遣いなんてない私は学校でお金が必要なときは無断欠席をした。
必要なものを買ってほしいとも言えず、家では死んでいた。
お金にうるさかったおかげ、親が私に無関心だったおかげで私は夜間高校へ。
高校に行けただけでも奇跡だったろうな。
私を見て嘲笑されているような感覚は残っている。
姉兄たちのそれは心配というよりはその感情のほうが正しいと思う。
直情的な姉と、天才肌の姉と、論理型の姉と、障がい持ちの兄と、暴力的な兄。
皆がそうだったとは言い切れないが、末っ子の私はそう感じていた。
多分今の記憶を持ったままその頃に戻ったら自決してる。
その頃の私は間違いなく居ても居なくてもさほど変わらないモノだった。
家の中に私の居場所はあってないようなものだった。
実際、外に追い出しておいて存在を忘れられてたことが何度かあったのだから。
ここまで書いといてだけど書くの面倒くさいわ。話を飛ばすわ。
頼っていいのかわからないのです。頼って応えてくれるのかがもうわからないのです。
身内がそうだったから。そのまま育った私は、頼り方がわからないのです。
なにより、私を信じてくれた人へ見返りを返せるかわからないのです。
苦しいとき、近くの誰かにそれを伝えることが難しいのです。
助けてほしいって言えないんです。
期待されたくないんです。失望されるのが怖いから。私はそこまでできた人間じゃない。
ただ誰かの汚点にこれ以上なりたくないだけなんです。私と関わったことで何かを失ってほしくないんです。
それを知りたくないんです。
信頼されているのかもわからない。社交辞令、建前、その場しのぎの言葉で飾られている気がするのです。
褒められても、素直に受け止めきれないのです。気を使わせてしまって申し訳ないという気持ちが強くなるのです。
私にはなにもないのです。何も得られなかったのです。華やかな学生時代も、心血注いで熱中したことも、なにか人様に言える挑戦をしたことも、ないんだ。
環境のせいだったとか言っても端から見れば言い訳にしか過ぎない、努力不足の言葉ではいおしまい。
だから何も言えない。言わない。
普通免許がないのはお金を身内に借りる「信頼」もなければ外部に借りるための「知識」、それを得る「手段」もなかった。
だってさ、今まで散々蔑ろにされてきたんだ、聞いてくれると思えるわけないじゃん。
諦めが癖になっている。きっと全部自分のせい。最初のきっかけとかもう思い出せないけど自分のせい。
またこうやって汚い感情を誰も見ないところに吐き捨てて一時的な開放感を得る。
うんこ!
そもそもさ、当時は最低限の生活すら怪しかったからね。食事がもらえるかわかんない状況。
お風呂も殆ど入ってない。コミュニケーションがとれないから何をどうしてほしいかもわからない。
姉兄たちはそれなりに会話してるのに明らかに自分だけゴミ扱い。
どないしろと。
末っ子だから甘やかされてきたんだろってたまに言われるけど、6人兄弟の家庭の財布事情考えれば甘やかす余裕がないことぐらい察してくれ。一番蔑ろだ。ふざけんな。
あ、めんど
ここまで嘘ってことにしといてね。
ねむいからねる
