男3女3の兄弟で、私が小さい頃はとても賑やかな家だったんだよ。
ーー小学1年生の時に父親と母親が別居を始めた。
私は小学2年生まで父親のところに連れていかれたが、途中で理由は知らないけれど母親のところに戻ってきていた。小学三年になる少し前に父親が死んだことを聞いた。しかし、馬鹿な私は何も、何も感じなかった。葬式とかも知らない。
小学4年生の時、担任と長男である兄が知り合いで、うちの親と連絡が取れないという理由から兄が連絡役になった。
毎日午後4時くらいに学校を終え。20分位かけてゆっくり家に帰り、兄が来るまでに宿題を終わらせるーー。
地獄だった。
兄が来るのは5時くらい。それまでに終わらせる?無理な話だった。兄が来ても、まだ終わってない。急かしてくる。それは、まだ、良かったんだ。
宿題(連絡帳)を見せる……。遅い!と言われ拳が飛んでくる。
これが4年生から2年間続く。沸騰した湯を頭からかけられたり、頭めがけて包丁を投げてきたり、ハンマーで何度も頭を殴ったり、ベッドの骨組みの部分や床とか壁に私を投げつけたりしてきた。
ーー生きるのが辛いと感じて来たのはこのあたりから。
中学校に入った。明らかに【普通】ではない環境の私が周りの【普通】について行くことなどできなかった。諦め、という逃げ道に走った結末は一般的な【馬鹿】をバカにできないくらいのクズに成り下がる。
ーー自分が失敗作、出涸らしのような人間だと思い始めたのはこの時期から。
そんな、私がまともな進路に行けるわけもなく、定時制高校に行くことになった。でも、一緒のクラスの人たちは、どうしてこんなところにいるのかわからないような人たちで。何もかも中途半端で、明らかに世間とずれた私には劣等感すら抱けなかった。諦め、という便利な逃げ道にまた逃げた。
ーーそんな学生生活の中でも反抗期はあっ……。なかったんだ。言いたい事は山ほどあった、でも言えば私は家から確実に追い出される。嫌われてるのは、わかっている。
ここまで書いて。
最初は親を殺したいという気持ちが強かったのに
自殺したい気持ちになってくる。
私はいない方が良かった。生まれてきたことが間違いだった。さんざん迷惑かけたんだからせめてもの償い。
病気じゃないよ…多分ね。