昨日、30年前に、ノスタルジー。
今日は、はっ、、、と気付いた。
そうか、2月13日。
あの日から4年か、、、、って。
昨日、30年間の年月を想って、あっという間だったなぁって感じ。
今も僕は高校33年生の気分だし。
でも、たかだか、4年前だけど、ずいぶん、時間が経ったなぁって実感する。
あの衝撃の日から、すぐさま、みんなで集まって。
裁判まで一喜一憂して。
一喜、、はないか。
でも、色んなことに思いを巡らせて。
あたたかなAM、FM各局のOAに涙して。
「シンガーソングライター」に触れて。
すぐ『宜候』が出て、驚いて、泣いて。
セルフライナーノーツを塚ちゃんが構成してくれて、泣いて。
立て続けにコンサートがあるってことになって、動揺して、でも嬉しくて。
コロナ残るご時世、マスクして、涙で最前列でくちゃくちゃになって。
立川ステージガーデンからの帰り道、みんなで歩いたモノレール沿いのモダンな夜。
ラジオが始まって。
僕も散々投稿してるけど読まれなくて。
友人のが読まれて、喜んだり、羨んだり。
色々あったなぁ、4年。
今、復帰から2度目のツアーの開始を待って、セトリなど予想してる。
幸せだよ。
でも、、、何だろう。
ただ、好きなだけなのに、こんな風に、一喜一憂しないと、新譜に、ツアーに、在り付けないのかと思うと、とんでもないアーティストの推しを30年以上してるなって、感慨深い。
そういう意味では、どのアーティストよりも、新譜もツアーも、その有り難さを、ちゃんと感じられている、幸せなファン。
今風に言えば推し活の華。
そんなこと、思いながら過ごす、2024年の2月13日。
それこそ、あの日の僕に伝えてあげたいね。
「信じていて、大丈夫」
軽いよ、、って叱られるかな。
でも、僕は、今日も、感謝しながら、槇原敬之の新譜を待てること、セトリの予想ができること、それを実感できる誰よりも幸せな“推し活”生活。
変な胸の張り方でごめんなさい。
でも、これが、4年を経て、僕が得たことだ。