郷土千葉県(佐原)の偉人・伊能忠敬。
忠敬と言えば、日本史上初の実測の地図(大日本沿海輿地全図)作成です。
忠敬は、18歳の時に、酒造家であった伊能家の養子となり、家業に勤しみます。
また、村の役職にもつき、飢饉の際には、村のために奔走します。
そして、長男の景敬が成年を迎える頃、忠敬は天文学・暦学に関心を持つようになります。
江戸や京都から暦学の本を取り寄せて勉強したり、天体観測を行ったりして日々を過ごし、店の仕事は実質的に景敬に任せるようになりました。
50歳になると、家を長男に継がせ、学問をするため、江戸に出ることを決断します。
50歳からの立志です。
忠敬は、江戸の高橋至時という学者を訪ねます。
忠敬50歳の時、至時は31歳。
忠敬は、19歳も年下の至時に弟子入りします。
はじめ、至時は、忠敬の学問を「年寄りの道楽」だと思っていました。
しかし、昼夜を問わず勉強する忠敬の姿に感動し、忠敬を認めるようになります。
50歳の立志もすごいですが、19歳も年下の学者に弟子入りするのもまたすごいですね。
私も41歳になりましたが、いつまでも志を燃やし続けたいと思います。
(続く)
(出典:Wikipedia)