2014-08-14 07:18:57

94歳元日本兵、西村幸吉氏講演!

テーマ:手作り奮闘記
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中央区倫理法人会のモーニングセミナーにて。
コーディネートは、先週に続き、山本みずきさんでした。



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ーーー

94歳元日本兵。
ニューギニア撤退のとき、あとで必ず骨を拾い、内地に戻す、と戦友に約束した。

パプアニューギニアのポートモレスビーを攻略しようとした、日本軍の目的は、マッカーサーをやっつけるため。

昭和17年7月に上陸。2ヶ月かけてポートモレスビー近くまで来たとき、撤退命令が来た。
帰還中、エフォギやココダで、仲間がほとんど玉砕してしまった。
たった一人で、バクンバリまで、海の中を歩きつつ、帰った。
73kgから28kgに痩せ細った。

240万の英霊のうち、120万しか帰国していない。まだ帰国可能な遺骨が、61万ある。その一部を、西村さんは集めていたことになる。
遺骨収集は重労働。

技術者として月額550円もらっていた。機械技術では世界に負けないつもりだったが、軍隊では二等兵になった。
これが日本が負けた原因。

ニューギニアで亡くなった兵隊は、100名。ビルマは700名。
ビルマでは部下47名を率いて戦った。戦死した戦友の家を回った。



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72日間、食糧もなく移動した。
生きるためには人の肉も食べねばならなかった。戦場は地獄、食うか食われるか。

逆によい話もある。あるオーストラリア兵は、武士道精神を持った、勇敢な兵だったと思う。
小隊長が撃ち殺されたとき、我々はその亡骸を回収しに出た。撃たれるのも覚悟だった。しかし見えていただろうに、一発も撃ってこなかった。

戦後オーストラリアに行き、戦争の慰霊碑にいった。取材を受け、全国放送された。
オーストラリア人は、戦争で戦った日本人を、もう敵のように思っていない。
アンザックの日4/25は、国のために殉死された人を追悼する記念日。
149団体が追悼していた。これは日本にはないことで、大いに見習うべき。

特攻隊のような死に方は、贅沢。
特攻兵は、半日飛行機に乗ったら、即死。半殺しはない。これは贅沢。
一方ジャングルの歩兵は、食べるものもなく、宿もなく寝る。
自分は28kgとなりフラフラになりつつも、戦わねばならない。

ガダルカナル島で亡くなった2万人のうち、戦死は五千。残りは餓死やマラリアなど。亡くなり方には色々なあり方がある。

26年間、ニューギニアに住み、遺骨を収集した。ドラム缶4つ分。700柱前後になる。
遺骨鑑定人、という人がいて、鑑定する。大腿骨二つ必要、とか。
掘るのは、現地人の協力を頂いて掘った。
全てを帰国させることは難しいので、観音様にお願いすべく、自分で作った。



日本人は、日本の国を守る、義務がある。アメリカが守ってくれる、などの考えは、持つべきではない。アメリカの手先になって、日本がアメリカの防御線になるべきではない。

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