今年8月に台湾に視察へ行ってきました。日台は非常に親密な関係ですが、その一端を八田與一という人物が担っています。八田は技師であり、台湾で今でも語り継がれ、感謝をされている人物です。その彼についての著書を出している許光輝さんが10月に私の元に訪問をしてきてくださいました。許さんは無類の親日家で八田に深い繋がりを持っている方です。その許さんから詳しく八田の人生についてお話を聞きました。
 八田は1930年に日本の領土であった台湾南部の嘉南地方に「烏山頭ダム」という巨大ダムを建設しました。当時ではアジア最大規模の灌漑事業であり、ダム建設の成功により、60万人の農民を救ったといわれています。
 この事業は八田の大胆さと緻密さ、そして人柄の良さ、全てが揃うことによって為しえました。八田はダム建設の第一歩として予算を得るための、香川県ほどの広さの測量と各工事の見積もりを僅か半年で算出。部下の反対を、嘉南の人々のためにダムをいち早く建設しなければならぬと涙ながらに説得し、測量を完遂します。また、当時最先端技術であるセミハイドロリックフィル工法を用い、周りをあっと驚かせました。前例が少なく批判も相次ぎましたが、十分な下見と堅実な知識よりこの工法が一番だと周りに説得。大胆な行動力とそれに伴う緻密な作業によりダム建設を進めていきました。


田沼たかしオフィシャルブログ「日本再生へ、教育維新!」Powered by Ameba-八田与一

(写真の出典:Wikipedia)