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法務委員会質問!順番前後しますが、午前に法務委員会の質問を終えました。尊厳死問題、刑務所の受刑者癒着問題について。特に刑務所の方は前進した答弁がもらえてよかったです。実は児童ポルノ法案質問も準備しましたが、時間切れでした^^;

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また、下に速記録を掲載しましたのでご参考下さい。

※ソフト変換の関係で誤字や文章の乱れがございます。

※尚、速記録は正規の会議録ではないため引用などはご遠慮ください。

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○石田委員長

次に、田沼隆志君。


○田沼委員

日本維新の会の田沼隆志でございます。貴重なる質疑の機会をいただき、ありがとうございます。大臣の選挙区の舞鶴は、私、何人か仲間が、地方議員がいるものでして、あと、軍事的な施設に 行くのが好きなものですから、いつか行きたいなと思っておりましたので、大変親しみを持たせていただいております。

それは関係ありませんけれども。維新の会、私たちは理念を非常に大事にしております。「自立」と「責任」。「自分のことは自分でやる」そして「統治機構における無責任や責任の曖昧化を許さない」これが私たちの理念でございます。

きょうはまず、「自立する個人」という観点で、尊厳死の問題についてお尋ねしたいと思います。過去、この尊厳死の問題は、厚労委員会のみならず、こちらの法務委員会でも何度か議論されていると思います。枝野委員、ちょっとおられませんけれども、以前質疑されたと記憶しておりますが、大変難しい問題だと思っております。

過去、二〇〇六年の富山の射水市民病院事件などもありましたけれども、いろいろな事件のたびに議論の機運も高まりますが、なかなか前へ進まない現状もあろうかと感じています。大もとである国民の意識も、やはり依然、余り変わっていないんじゃないかと感じております。「生き方」については、夢、目標とか、人それぞれに考えがあると思うんですけれども、「死に方」について、果たしてどの程度考えたり準備したりといったことができているのかという問題意識がございます。特に、ゆっくりと最期を迎える場合もあるんですけれども、突然の場合というのがやはりございます。

先日、救命センターで働く医師の方から話を聞く機会があったんですけれども、その先生が言われていたのは、「救急医療の場合、特に苦痛を伴う、そのことがちょっと忘れられているのではないか」という意見でした。一分間に百回以上繰り返す心臓マッサージなどをやると、もうあばら骨が折れちゃったりするそうです、救命なのに。非常に激しい、これは患者にとって大変な苦痛ですと。特に高齢者の方は当然ですね。「一般の人は、苦痛を伴う医療なんだという実態を知らないで、むしろ病院に行くことはよいことだと誤解しているんじゃないか」という御意見でございました。

実際に、そばで、激しい苦痛を伴う蘇生措置を患者の御家族の親御さんとか兄弟の方とかが見られた場合は、これ以上の救命治療はもうしなくてもいいと言う方も多いそうです。ただ、承諾のサインを書面にもらっても、後日別の親戚の方がやってきて、何でやってくれなかったんだ、救命してくれなかったんだと言われて裁判になったりもする。それで、書面で承諾のサインをもらってい ても、それがあっても敗訴してしまうという事例もたくさんあるということでございました。救急救命の現場では、場合によっては刑事事件にも発展してしまったり、損害賠償、民事訴訟になったりとか、そういう不安を覚えながらもそれぞれの医師の方が判断を迫られている現状が続いているわけでございまして、患者さんにとってみれば、苦しい処置を拒否する権利がない、医師からすれば、不必要なら苦痛を与えたくはないんだけれども、やらないならやらないで今度は医療の不作為ということで問われてしまうということで、どちらも望まないまま処置がされているということもあるはあるということです。

やはり、苦痛を患者に与える処置というのをやめるには、終末期医療の考え方をきちんと整備して改めていくことがないと今の現状が続いてしまうという問題意識がございます。日本救急医学会の方で、救急医療における終末期医療に関するガイドライン、こちらにありますけれども、ガイドラインというのが以前発行されて、終末期の定義ですとか、そのときの対応方針、延命措置を中止する方法なども事細かくまとめられております。法曹関係者や倫理関係者の方にも意見を聞いたそうですけれども。このガイドラインの周知状況などのアンケートがあるんですけれども、それだと、ガイドラインを適用したかったけれどもできなかったという方が百十四名おられて、その中で、何でガイドラインを適用できなかったのかという理由を聞いたら、七十三人、全体の六四%の方が、法的な問題が未解決であるということでこのガイドラインの適用ということをためらっているという現状があるようでございます。この六四%は、全ての理由、一番の理由は家族らの意見がまとまらなかったということなんですけれども、二番目が法的な問題が未解決ということでございますので、やはり問題があるというふうには感じております。

この問題は長らく議論されてきたと思うんですが、そろそろ、適当な時期にやはり政府として、「人の死に方」について、特に終末期医療のあり方について、ある程度の方針を示すことが大事と思うんですけれども、その中で、尊厳死の法制化の整備というものも今あろうと思います。これまでも議論はあったと思いますが、大臣、どのようにお考えでしょうか。

〔委員長退席、土屋(正)委員長代理着 席〕


○谷垣国務大臣

私、田沼委員の質問通告をいただいたときに、これは難しい問題をお問いかけだなと思いまして、正直申し上げて、自信を持ってお答えすることがまだ私の頭の中に思い浮かばないんです。こう言うと、こういう委員会の質疑の場で、閣僚として答弁を申し上げるのに非常に不適切なのかもしれません。しかし、率直に申し上げて、そうでございます。

この問題は、今おっしゃいましたように、医療の現場で、まず、それぞれの医師が具体的にどういう判断をしなければならないのかという問題があると思いますね。それで、それぞれのお医者様にしてみると、そこでどういう判断をしなきゃならないのか、恐らく非常に悩まれる場合もあるだろうと思います。最近、私、病院なんかにドックに入ったりなんかした場合も、承諾書みたいなものをたくさん書きまして、異論は唱えないとか、いろいろな承諾書をとられますけれども、お医者様としても恐らく非常に判断に迷われるんだろうと思います。

しかし、さりとて、法でもって一律にできるのかということになりますと、それは、患者さん御本人がどう考えておられるのか、あるいは御家族がどう考えておられるのか、そしてそういった方々が意思を表明できるのかどうかといういろいろな問題があって、まだ法律ですぱっと解決してしまうには余りにも、これは宗教観、哲学観、死生観、倫理観等々があるので、余りにもまだ問題が十分整理されていないのじゃないかな。今までの議論の経過も、実は質問の通告をいただいてから若干報告も聞いたんですが、余りはっきりした答えかどうか、答弁原稿もつくってもらったんですが、私、それも見ましたけれども、ちょっと自信を持ってまだ、もう少しいろいろ議論を積み重ねたいと思っているのが正直なところでございます。


○田沼委員

実感のこもった御答弁、ありがとうございます。非常に難しい問題と私も思ってもおります。

ただ、長らく議論が続いてきてそのままになっているという現状もやはり、私は、このままでいいんだろうかという問題意識もあるわけでございます。先ほど少し言いましたが、やはり、国民の皆さん全体での死に方の議論がもう少し盛んになっていって、私たちがどういうふうに最期を迎えるべ きかということがもう少し政治としても取り上げやすい環境になっていく必要もあろうかと思っております。

かつて、リビングウイルという議論も、こちらだったかな、あったかと聞いていますけれども、私のまたちょっと別の親しい友人で、医師の方で、ぴんぴんころりを推進している人がいるんですけ れども、その人がこんな言葉を言っていたんですね。

「私の父は、私が二十二歳のときに、五十七歳の若さでこの世を去りました。父の主治医は、父の同僚でしたが、父への配慮もあって、私たち家族 に幾つか言葉を残せるようにしてくれました。そして、後は頼んだぞという言葉を聞くことができたのでした。この言葉は私を支えてくれました。そして、この経験から、自分が生きているということの意識が変わった。人はいつか死ぬ、生きて いるということは非常に価値があるということを、 自分の中で意識が変わった」というふうに言っていました。

また、死というものを乗り越えるときに、逆に最大の障害でもありますが、それをきちんと真っ正面から受けとめることでよい最期も迎えられる。そして、本人だけじゃなくて残された家族も、有意義な経験、この場合はそのお医者さんのことだと思いますが、迎えることができるというふうに信じているということです。

やはり最期について考えておくということは、そういう具体的な言葉を残せるということが一番なんだとは思うんですが、非常に、最期に至るまでの生きている間の時間をとても輝かせる大切なことだと私は感じておりまして、死に方について 国民的な議論が進むよう、いろいろな取り組みというのをするべきではないかと考えております。

これは本当に一例なんですけれども、免許証がありますが、免許証の裏に臓器提供についての意思表示の欄がありますけれども、ここに自分の終末期の医療についての意思表示も、上の段でもいいんです、どこでもいいんですが、あった方がいいんじゃないか。特に、救急医療の結果、いきなり植物状態になってしまったりとか、そういう方もおられますので、やはりあらかじめそういった意思表示ができるような仕組みというのが必要ではないかなというふうに考えております。

とにかく、これじゃなくてもいいんですが、自分の最期のあり方というのを人に伝えるフォーマットが今は公式にはありません。その結果、それがあればこそ国民的な議論も高まる面もあろうと 思うんですが、大臣、この問題について、今のアイデアも含めてですけれども、国民の意識についてどのようにお考えか、御見解をお尋ねします。


○谷垣国務大臣

今、免許証をお示しになって臓器移植の欄があるとおっしゃいました。今伺いましたように、臓器移植法をつくるときのいろいろな議論も思い出しまして、やはり法律でどこまでそういうものが、ある程度整備しておかなきゃなら ないのは事実ですが、どこまで踏み込めるかという議論もあのときにあったと思います。

それで、「死に方」といいますか、田沼委員のような、私から見ると、多分私より三十歳ぐらいお若いんだと思うんですが、そういう問題意識を持たれるのは非常に大事なことだと思います。私も、だんだん友人が死んだり、家族が死んだりしますと、そろそろ俺も七十近くなってくるから、自分の「死に方」もよく考えておかなきゃいけないな、何も言わずに死んでしまったら家族も困るかもしれ ないなと思いながら、なかなかまだその整理が、毎日、日々追われてちっともできない。やはりどこかで、自分の死に方はどうかというのをじっくり考えるのは人として必要なことだろうと思います。

ただ、それをどこまで政治の場の議論でできるのかというと、これまた戸惑いがあるんですね。そういうことを各自が考えなきゃならないことは事実でしょう。だけれども、どこまで政治がリードできるのか。その辺のことも踏まえながら考えていかなきゃならないところに難しさがあるな、今委員の御意見を伺いながら、そう思いました。


○田沼委員

ありがとうございます。 この問題、私も、大変難しい、語気もちょっと落ちてしまいますけれども、難しいと承知をしております。ただ、臓器移植のときも最終的にはこういう形になったわけで、やはりいつかは政治の 決断も必要ではないかなと思っております。やはり法的に未整備状況で、さっき大臣言われましたけれども、現場の先生方も苦労されているというのもございますし、患者の、尊厳死したいという方の権利も保障されていないという状況もいいとも思えませんので、冒頭、維新の会の理念は自立と言いましたが、患者が自分の最期のあり方を自己決定するというのは、それができるよう に尊重するということは、やはり個人の自立にと っては基本的な概念であります。日本社会が目指すべき方向でもあると私は思っていますので、ぜひお考えだけはいただければなというふうに思います。


次に、ちょっとがらっと話がかわりまして、今度は「責任」の方でございまして、今年の三月に発覚しました府中刑務所の刑務官による受刑者への覚醒剤差し入れ事件について御質問します。先月、府中刑務所の看守が、受刑者に頼まれて覚醒剤を入手し渡したとして、警視庁に逮捕された。新聞報道によると、看守は受刑者から暴力などを振るわれて菓子を渡すという不正便宜を図っていた。さらに、ここまでやったら一緒でしょうと唆されて、要求がエスカレートして、覚醒剤の入手、差し入れにつながったということですけれども、はっきり言って、これは言語道断な話です ね。これはちょっと、まず明らかになった事実関係を教えていただきたい。それと、受刑者側から本当に脅されていたんでしょうか。お答えください。


○西田政府参考人

お答えいたします。先ほどございました府中刑務所事案につきましては、御迷惑、御心配をおかけしまして、まことに申しわけございません。今わかっている事実でございますけれども、三月六日に所持をしたということで逮捕されまして、その後三月二十七日に、これを受刑者に譲り渡したということで再逮捕されております。

同事案につきましては、今捜査当局におきまして捜査をしておりますので、詳細につきましては ちょっと御容赦いただきたいんですけれども、ただ、府中刑務所における調査によりまして、この職員が覚醒剤を所持してこれを受刑者に譲り渡して、当該受刑者がこれを使用したという事実が確認できましたので、三月二十六日付で同刑務官を懲戒免職にしたというところでございます。そう いうところで御容赦いただきたいと思います。申しわけございません。


○田沼委員

御容赦いただければといっても、やはり御容赦できない部分もございます。

これはやはりあってはならないことですよ。過去にも同じような、看守と受刑者の癒着というのはあったと聞いております。特に有名なのが 二〇〇六年の大阪拘置所の事件ということで、暴力団の組長さんが連絡役を頼んだ、それで見返りに車を渡したというような事件、二〇〇六年と聞いていますが、同じような事件ですね。なぜ同じような事件がまた起こるのかと思うわけです。

局長も、今回の事件で、事実であれば極めて遺憾、矯正当局でも全容解明に努め、全刑事施設に対して緊急に行うことのできる措置を講じ、不適正処遇防止の徹底を図るというコメントをされて いますけれども、では、具体的に何をしたんでしょうか。


○西田政府参考人

お答えいたします。

まず、今回の事案を受けまして、全矯正施設、特に刑務所、本所、支所、百八十八庁ございます けれども、全てに、緊急点検ということで、まず、 受刑者が生活し行動する範囲におきまして、あってはならない物品があるのではないか、そういった点検をするように指示をいたしました。それから、職員が実際に受刑者が生活する場面には持ち込んではならないというものがございますので、それにつきましても、そういったことがないのか至急点検するように指示をいたしました。それとあわせて、先ほど言われましたように、暴力団関係者等処遇困難者の処遇が適正にできているかどうか、各施設で決めた処遇方針がきちん と守られているかどうか、こういったことを点検 するように指示をいたしまして、今その報告を受け取っている最中でございます。

〔土屋(正)委員長代理退席、委員長着 席〕


○田沼委員

幾つか手を打っていただいたのはわかりましたけれども、やはりもう少し厳しく言った方がいいと私は感じます。二〇〇六年のさっきの事件のときに、抜き打ちで矯正施設を調査する特別監査官制度というのを新設して再発防止に乗り出したと聞いたんですが、これはその施設のみで終わったそうですね。それで、二〇〇七年にまた大阪とか岐阜でも収賄容疑 で看守が逮捕されたということで、その後も続いているわけですけれども、私は何でやめちゃったのかなと思うんです。事実関係が違ったら教えてください。

相次ぐ不祥事が続いていることを考えても、この抜き打ち調査みたいなものも恒常的に必要じゃないかと思うんです。要は、対策が今のではちょっと十分ではないのではないか。毎年のように続いているわけですね。これに関しての御見解をお願いします。


○西田政府参考人

平成十八年度に大阪拘置所であって以来、特別監査という制度も設けまして、今まで何回かやっております。ただ、おっしゃるとおり、その後もこういった事件が起こっているわけでございますので、抜き打ちといった手法も考えて、その調査の実効性を高めるといったことは必要じゃないかということを非常に考えておりまして、今回の府中刑務所の事案も受けまして、引き続き、実効性を高める工夫をして、個々の事案に対応した調査も行ってまいりたいというふうに思います。


○田沼委員

局長、少し踏み込んでの御答弁、ありがとうございます。期待しております。私は、刑務所内の不祥事を追及したいんじゃな くて、刑務所の適切な運営というのは犯罪の再発防止につながりますから、治安の向上にも直結する大切な取り組みと思っています。ぜひ、刑務所内の秩序を維持しながら、犯罪者の矯正、更生を 効果的に実施できるのかという問いについての議 論にしたいと思って、応援したいと思っているんですね。最後に、時間ですので、大臣、刑務所内の……


○石田委員長


もう質疑時間が終了していますから、まとめてください。


○田沼委員

わかりました。では、この対策をぜひこれからもやっていただきたいという要望をお伝えさせていただきまして、質問を終わりにします。ありがとうございます。