昨日は8月9日。長崎原爆忌である。
15日は終戦記念日。特に今年は選挙が間近なので、ここでの首相や閣僚の参拝是非などが、また議論されるのかもしれない。
(政争の題材になるのは残念なことだ・・・)
テレビでも、思い出したように、この頃は先の大戦関連の番組が一斉に放送される。
8月は、お盆があることもあり、先人を偲ぶ月なのかもしれない。
供養の祈りを、捧げたい。
そして、選挙も近いこの機会に、「国を想う」に関わるいくつかの投稿をし、私の原点、政治信条を雑記しておきたい。
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先の大戦を振り返るとき・・・
かつて、「回天」という兵器があった。
潜水艦での特攻だ。
ご存知だろうか。
人間魚雷と言われ、生還はできない。
これに、自ら志願し、散っていた、若者たちがいた。
そのことを扱った、「出口のない海」という映画もあった。
http://www.omc-card.co.jp/movie/deguchi/index.html
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愛読しているJOGで、回天の生存者、竹林氏の言葉を引用している、「回天の志」という投稿があった。
ぜひ読んで欲しい。
「回天の志」
http://www.melma.com/backnumber_115_4570745/
特に、最後の、竹林氏の言葉が、胸に刺さる。
「学校で教えないから、今の学生は戦争の悲惨さや当時のことを知らなさすぎる。だから、私の話が新鮮に映ったのだと思う。
戦友たちは何のために自分の命を捧げたのかを、是非とも今の若者に理解してほしい。
最近、自殺が多いが、価値ある死を選んだ者から見ると、簡単に死を選ぶのは止めてもらいたい。我々には理解できないんです。
今の日本人には、まず世のため、人のために役に立つんだという気持ちがほしい。」
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実は私は、今年春、回天の発射基地だった、山口県徳山の大津島を、訪ねてきた。
昔からどうしても行きたく、行ってきた。
駅ちかくの、徳山の乗り場から・・・
1日に10便もないフェリーに乗って・・・
小さな小さな島、大津島へ。
回天記念館は、少し高台の上にある、小さな館だった。
正面路には、亡くなられた若者たちの石碑が。
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いつも思うが、やはり実際の歴史の現場へ行くと、そこで本当にこの出来事があったんだと想像が喚起され、歴史的事実がリアリティをもって迫ってくる。
ここで最期の別れをして、若者たちは、発って行った。
その本当の写真が、これだ。
連絡道に掲示してある。
私は1枚1枚に、自然と手を合わせながら、歩いていった。
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竹林氏の言う通り、
「世のため人のため」
という言葉は、もうすっかり使われなくなってしまった。
そんな日本社会を見たとき、彼ら先に逝った若者たちは、どう思うだろうか。
私は、放っておけなかった。
だから、立ち上がった。
それだけだ。
このブログにお越しいただける皆様は、既に私の信条をよくお分かり頂いていると思うが、
私は懐古主義者でも、右翼でもない。
純粋に、国を思い、日本の未来が心配でならないから、立ち上がった一若者だ。
敢えて言えば「愛国者」だろうか。
政治をやると決めた以上、どんな批判や心無い誹謗中傷も覚悟の上だ。
甘んじて受け容れる。
しかし、誤解はしないで欲しい。
ただただ、私は、竹林氏の言うように、
「世のため人のため」ということを、大切にする社会にしたい、
その思いだけで、やっている。
その最たるものが、「お国のため」に働くことであり、そう思って、若者たちも身を捧げていった。
しかし現在は、「愛国心」というだけで、右翼扱いされる。
国のために頑張ることは素晴らしいことだ、という価値観を、なんとか蘇らせたい。
これは私の悲願だ。
私はあきらめない。
同じ想いの、先輩後輩の皆さんと一緒に、
温かく誇りのある社会を、作っていきたいと思っている。
それが私の、志だ。







