忙殺され、更新が滞った。
訪問くださった方には、お詫びと、御礼を、申し上げたい。
私はまだ民間人。生活との並行は、正直大変だ。
更新がないのは元気に活動している証しと思って、あたたかく見守って頂ければ幸いである。
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1201
大学同期と、同期会で、北千住へ。10年ぶり!の再会。楽しかった。
思った以上に意見がかみ合うことに、お互いの成熟というか、とげがとれた?ことに驚く。
そしてやっぱり旧友はいい。本当に親身になってくれる。私が政治をやるなんて思ってもいなかったからだろう。
志を貫きたいと思う。
男の一人暮らしということで、手料理をもらった。
なんとうどんを打ってくれた! うれしかった。
「麺の会」と命名。ラーメン大好きな田沼としては、名前だけでも元気のでる会だ。
1203
日本教育再生機構関連業務で、松戸へ。音楽でよく来たホールだが、今度は知的セミナーだ。
そのあと所用で六本木へ。前職の頃よく行った、ハードロックカフェがきれいだった。
1204
日本会議主催の、田母神・前空幕長の講演に行く。永田町の議員会館。
この問題については、いずれ書こうと思う。
そのあと、政経倶楽部の出版記念パーティー。
林先生の言葉が、いつもながら厳しく突き刺さる。
「約束を守れない人間が、政策だの政局だの言ったって、言葉が滑っている!」
「政治家は甘い!」
写真はそのあとの、懇親会で、幹事の方の挨拶。
1205
若手経営者たちとの勉強会に行く。外苑前。
みな純粋で熱く、そして行動力のある、本当にいいメンバーだ。
会社の一室でDVDなどを見る。歴史にふたたび感動、涙だ。
我々若手が、真の日本再生を、やらなくてはならない。その使命、天命がある。
1206
稲毛区倫理法人会の、早朝勉強会。
この朝は、うすい正一県議・次期国会候補が「この国の誇りについて」で講話。
エルトゥールル号事件のことなど、歴史の事実をいろいろ引用されていて、意外だったが興味深かった。
そのあと、地元の応援者と、ミニ集会。
私はなるべく、こういうミニ集会を開きたいとおもっている。
この日は、私のためだけに、集まって頂いた。何の実利ももたらせない、政治浪人の私のために、わざわざ時間を作ってお越しいただいただけでも感激だが、激励をくださったり、いろいろ勝利のための戦術を一緒に考えて頂いたり、そのために必要な作業の分担までしていただけるのである。
しかもみな、私よりずっとご年配の先輩方である。その先輩方が、私ごとき若輩者のために、ボランティアで応援して下さるのである。
本当に涙が出そうなくらい、有難いことだ。心の底から、感謝である。
皆さんの期待に応えるためにも、信念を貫き、政治の再生、教育再生、日本再生に、我が身を賭けたいと思う。
泣き言は言っていられない。これは一人の戦いではないのだ。
1207
前述の若手メンバーと、鹿児島県知覧に行く。
私としても、政治を目指した、原点の地。
http://tanuma.info/modules/profile1/前回とはまた違う、大きな感動があった。心から、行って良かった。
メンバー全員はもちろんのこと、今まで知覧に行ったことのある方はほとんどすべてそう言っている。「これはうちの子供を見させたい…」
一人でも多くの日本人に、訪れて欲しい場所だ。
先日の政経倶楽部で出版した書籍に、田沼が寄稿した原稿も、知覧のことを書いている。私の原点だから当然だ。
いつかWebに掲載したい。
写真がいまないので、詳細は後日書く。
1209
鹿児島市内で、敬愛する西郷さんゆかりの地をいくつか回る。
南洲墓地は、感動した。
いまでも西郷さん、そして西郷さんを慕う人々が、強い絆を保ちながら、日本を見守っている。
その眼差しを、現代の我々は忘れてはならないと思う。
これも写真を後日。
1210
はじめての知覧で見た、達筆な遺書の影響で、私は書道を学んでいる。(といっても全然不十分だが)
この日は、知覧から帰ってきたばかりの好機に、先生に指導してもらえた。
字は、早く書けることがいいことのように思われていると思うが、それは利便主義的過ぎると思う。
ゆっくりじっくりしか書けないからこそ、こもる魂というものがあるのだ。
ワープロの手紙より、手書きのほうがうれしいのは、その一つだ。
私は遺書を書くなら、特攻隊の若者のように筆とは言わずとも、せめて手書きにしたい。
パソコンで書いたワープロ文字などは絶対にイヤだ。
私が選挙のときに、一番最後に配ったチラシは、下手とわかっていたが自筆で書いた。心を込めたかったからだ。
「あふれる字」は、字を粗末にするとおもう。
いや、字だけではない、時間もお金も食事も人情も情報も物も、あふれるからこそ、粗末にする。
文明の力というものは、そういう危険をも併せ持っているのである。
携帯電話のせいで、待ち合わせの約束を守る美徳を失った。カーナビのせいで、土地を覚える知力を失った。
便利さ豊かさを追求するほど、実はそれを粗末にし、心を込めて向き合う機会を失ってはいないだろうか。
それは、落ち着きを失っているだけでなく、幸福を失っているのではなかろうか。
現代人が幸福を求めているならば、便利の追求ではなく、丁寧に心を込めて日々を生きる、「落ち着き」が大事と思う。
スピード感、とも近いかもしれない。最近、LOHASやスローライフなどと言っているものは、この「落ち着き」回復心理の一環だろう。「もったいない」も、粗末にしない心の一環だろう。
また、100%正しいと信じることを、迷いなく愚直にやること、それも「落ち着き」をもたらす。
私は祖母と一緒に暮らしているが、昔の人の生き方は、忙しくないのかというと、忙しいのだ。「現代人は忙しい」などというが、そうではない。むしろ現代人以上に働いている。ただ、決定的に違うのは、それが間違いのないことと信じていることだ。ゆえに、とても落ち着いているのである。
祖母と同じ80代の人でも違いはもちろんある。その違いはやはり、自分の仕事を全く疑わないかどうかにあるように感じる。私の祖母はずっと農家で生きてきた。農家に生まれ、農家に嫁入りし、「家内」として家庭で食事を作り家事をやり、主人を助けて農作業をする。そこには、100%、何の迷いもぶれもない。
あふれる信念、などという力強いものでもない。当然疑っていない、という自明の感覚、だ。自分によくわからないものは、素直にわからないと戸惑って笑い、自然と消えていく。いろいろな「しなくちゃいけないこと」などは全くない。祖母は使命が完璧にはっきりしている生き方をしてきたし、今もしている。そこには現代人にない、冒しがたい自然な落ち着きがあるのだ。
選択肢がたくさんあることは、落ち着きを生むのではない。むしろ失うのである。
人は、選択の「自由」を求めているのではない。選択など想いもつかない、これぞ自分がやるべきと思える、間違いのない「使命」を、人は求めているのである。
使命に生きることができているときこそ、たとえ失敗しても、人は悔いのない、充実した、存在価値のある、人生を歩むことができる。
だから、命を懸けて働ける者は、幸せ者なのである。子供のために身を粉にして働く母親は、たとえ一見不幸に見えても、100%使命のために生きている点において、その人生を生き切っているのである。
生きてて良かった、そう落ち着いて思えること、そのことこそが、一番の「幸福」への道ではなかろうか。
これらのことは、非常に本質的なことであり、私が「保守」を名乗る根源でもある。いつかまたちゃんと書きたいと思う。
少なくとも、日本の伝統文化である「書」には、私たちの心を「落ち着き」に導く、貴重で尊い「不便さ」がある。
我が魂の言葉を記すのに十分な、”心の通路”があるのである。
日本人がふたたび、たとえ苦しい生活でも心の豊かさを得られるために、伝統文化に皆で触れ育てていくべきことを、訴えたく思う。
それが私の「日本の心を取り戻す」である。
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そのあと、知り合いの先生と、六本木へ(最近なぜか多い…)
佐世保バーガーという店へ。等身大の坂本龍馬が、ハンバーガーを持っている。大変おいしかった。
この日はレインボーブリッジが、名前の通り本当にレインボーに! きれいなのでパシャリ。