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たぬきベイビーのひとり言

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再度ハトチャンについて記したい。不思議一杯のハトチャン。凄い生命力を感ずるハトチャンです。

ご存知かもしれないが、昔から、いたというかあった植物です。今は大昔からと言っておく程度で勘弁してくれ。

四大河文明のはじりまで遡る話のようだから、関心のある方は調べてみてくれ。ともか中国は漢の時代から登場していることが判明しております。

漢方の世界では、イボ取りの妙薬という話で記されているという。日本でもお年寄りの話では、鳩麦(ハトチャンのこと)はイボ取りとか、お肌をきれいにしてくれる薬という事で愛用されていたという話だ。

そういえば私も年寄りから聞いていた事があるので実感していた次第である。


最近では、色々研究が進んできて、体内の臓器・例えば胃とか腸のできものも皮膚のできものと同じという事で、そのできものをきれいにする働きがあるということで薬用にも活用されているという事です。即ち癌とかポリープを取り除く力があるということです。最近サブリメントブームのようだけど、私がこのハトチャンに出会って10年近くなります。その出逢いというのも実はこの性能というか不思議な力に見せられたからです。結局一途な性格も手伝ってはまり込んで今に至ります。手作りの健康を目指しながら、栽培を続けている次第ののである。


さてさて不思議一杯について絞ろう。生命力とも関係するようだが、大昔からある作物。でも人工的に栽培されたというよりは野生植物として自然に生えて生き延びてきた植物でもあるという事です。つまり人間により品種改良等がされていない原始的な作物・品種であるという事なのです。


その理由が不思議なんです。

人間に栽培された品種はそれなりに利用されやすかったからでしょう。されなかったハトチャンはそれなりに理由があったのでしょう。その理由とは、実りの時期が極めて不そろいの性質があるのです。という事は、収穫時期が一定していないのです。よく似た米や麦に比べてみると良くわかります。


現状では、最適収穫時期でも6割程度で、後は以前に落ちてしまうか、未だ未熟であるということです。

これでは自給的にも商品的にも大変な作業となり不適切といわざるを得ません。

その不思議さが、古来から生存し続けてこられた理由でもあるということがお分かりでしょうかね。

私の感ずるところによると、子孫を残すというよりは、どんなに厳しい環境にも耐えていく秘訣はこの辺りにあるということがわかったからである。厳しい自然環境とはまさに今年のような異常気象の中でも感じられました。

殆ど全滅の状況でした。旱魃が一番でしょうが、元気がなくなった状況下での虫・菌の発生で実るどころか枯れていく中でも、万分の一の割合で成熟したハトチャンがそこにいるのです。一粒たりとも疎かにできません。この命を来年に繋げてあげたいと考えています。今日もそして明日も、ここ暫くはハトチャンとの格闘に時間を使うつもりです。             






自己紹介などで経歴とか趣味を語ることがある。

でも本当の自分を語っていないように思う。

でも聞く人は、その紹介で何かを感じ、その方の人となりをそれなりに形作っているように思う。

どのように見られたり感じられても仕方の無い事ではあるが、

本当の自分の「性格」を掘り下げて見つめてみたくなった。

見方として例えば「気が短い」といえば「短気」という事でありこれは「短所」という事になる。

反対に「のんびりや」とか「楽天r的」といえば長所のように思う。

良いか、悪いかで考えると皆悪い事につながってしまったり、逆にそう思いたくない自分がいて、皆よい事につなげてしまうところもあるように感じる。だから、良し悪しは問わずに今日は一つ、「やる気」とか「積極性」について考えてみたい。というのは、私は何事にも、やる気と積極性は半端じゃないように思うからだ。これが私の第一の性格かも知れないと。でもそれはあくまで、興味と関心があることであり単なる願望だけではそのやる気とか積極性に繋がらない事は多い。

それでも時として、ふとした願望がやる気につながり、積極性に発展してしまう事もあるから怖い。

そんな時決まって、慎重さが足りない。もっと「沈思黙考」という性分があればと後悔に繋がる事が多い。

いまいち、この「やる気」が余りにも旺盛であるという事は自分のしたいことは「積極的にやれるが」そうでない事にはついつい不平と不満や愚痴を並べて、凄く批判的になったりもするときがある。そしてそんな経験が多くなってきたように思う。加齢現象の一つかもしれない。つまり、いつも何もかも自分の思うとおりにはなるものでないからである。にも拘らず、与えられたことでも、どうすることが正しいのかとか何をなすべきかと自問する事がある。そしてそんな事が多くなるにつれて自分が自分でどうすることができなくなり、パニック状態になる事もある。

思考力の不足と低下、それとも余りにも無理をしている自分がいるようで怖いのである。

今何かを整理しようとするとき、自分のやる気を捨てて、あるいはうんと少なくして、その都度与えられた仕事(頼まれた事など)、黙って誠実にできるような素直で楽天的で協調性のある自分になりたいとも考えている。

果たして替えられるものか。いや替えてはいけない事なのか。つい考えてしまう自分である。

私とハトチャンの出逢いについては初めてかな?

ともあれ、私がハトチャンに取り付かれて今年で7年目です。

ラッキーセブンというところですね。

さて手作りの健康を目指している私ですが、ハトチャンは、何とかして

癌の病気だけは逃れたいという思いから取り組んだいきさつがあります。

実はハトチャンは古来からイボ取りといわれていたらしいです。

体にできるいぼを取る、という力があるらしいのです。皮膚は勿論、体内の臓器にもできるいぼにも力を発揮するという事で、現代科学でも解明できない力を持っているらしいという事で、とりこになったわけです。

その辺りの説明はもっときちんと調べたりしていづれ機会を見て解明するとして、

今回は今年の栽培状況を少し説明しておきたい。

今年は大変な年になりました。最悪でした。初めてです。全滅でした。

例年の収穫に比べると1%あるか無しの状態です。この現状を説明する力は私にはありません。

今日も涙しながら収穫!作業をしてきたところです。

色々な思いが交錯しました。このハトチャンは古来原始的な作物のようです。お米のような品種改良を繰り返しながら栽培されてきた品種とは異なります。ただ感じた事はどんな劣悪な環境の下でも子孫を残していく力は凄いと感じます。百分の一か千分の一あるいは万分の一の確率かは解りませんが、熟した実があって、自然に地に落ちています。

全滅に近い中で、実り熟したいいく粒かの命が無性にいとしくなり、手作業で拾い集めてきました。

凶作の原因は異常な天候といえばそれまでですが、私の力不足、手抜きの栽培姿勢がハトチャンを全滅させてしまったのです。消毒の時期、元気付ける栄養としての肥料の施し方が、そして後は日照りに対する給水体制の手抜かりです。わずかの栽培面積ですが、今までの私のやり方ではハトチャンに申し訳ないと考えました。

今の気持ちはここで中断します。改めて続きを記したいです。