(C)SEGA[CARD DATA]
VERSION: 12-13season EXTRA
NAME: ROBERTO CARLOS (ロベルト・カルロス)
TEAM: CANARINHO (カナリーニョス)
COUNTRY: BRAZIL (ブラジル)
POSITION: DEFENDER (ディフェンダー)
UNIFORM NUMBER: 6
BIRTHDAY: 1973/4/10
T:168cm / W:70kg
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SKILL: 後方一気の剛脚
KP: オーバーラップ(S)
[PLAY DATA]
プレイスタイル: サイドアタッカー
適正ポジション: SDF / SMF / DMF
シュート: A(精度A/威力SS/モーションB)
パス: A(精度A/創造性B/速度S)
ドリブル: S(精度A/フィジカルS/速度S)
[個別パラメータ評価]
・オフェンス: ポジション表記とは裏腹にKPに指定すると鋭い駆け上がりで攻撃に厚みをもたらす。ドリブル、パス、シュートどれをとっても非凡で、インテル時代にウイング起用したロイ・ホジソンの気持ちがよく分かる。またクロスは低く速いものを上げてくれるのでアシスト数も期待出来る。
・ディフェンス: 攻撃能力にばかりフォーカスが当たりがちだが、フィジカルを活かした守備はWCCF上でも一世を風靡し、過去にはICLEのDMFでの起用を好む監督も多くいたほどである。個人での奪取力という点ではそこまで過剰な期待はしづらいが、寄せが甘くなっても周囲がカバーリングによってディレイを掛けてくれる状態であれば、そのスピードで再チャレンジが可能となる為、周囲との連携は出来るだけ上げておきたい。
・テクニック: ドリブルは小細工なしの直線スピード勝負、クロスも種類が豊富というわけではないが、カットインからのシュートは対角線をコース狙いで決めてくる印象。FKは左サイドのものはキーパー正面でほぼ止められるが、真ん中から右寄り(45度位まで)ならフランス人物理学者たちが解明に躍起になったあの35m超高速スライスキックが再現される。
・パワー: 小兵ながらそのどっしりとした体幹には定評があり、鋭い縦への駆け上がりを支える強靭な足腰が生み出す爆発的なFKは対戦相手から「悪魔の左足」と恐れられる。またそのシュート速度は時速150kmとも160kmとも云われ、筆者の「絶対壁に入りたくないフリーキッカー」絶賛第一位である。
・スピード: 30代になってからも100mを10秒台で走るスプリント能力を持ち、短距離・中距離・長距離とどの走力値においてもトップレベルを記録したの究極のスプリンター。攻撃に行き詰まった時にはKP指定で左サイドを豪快に駆け上がらせてみるのも局面打開の一手かも知れない。
・スタミナ: スタミナもWCCF上トップクラスの能力を持ち、その持久走タイムはベテランになってからも若い選手に混じりトップクラスであったという。その豊かな体力は試合終盤のここぞという場面で真価を発揮するはずである。
[総評]
ロベルト・カルロス・ダ・シウバ・ローシャ。かつて「世界最高の左サイドバック」と称された歴代最高選手の一人である。
貧しい家庭に育ったロベルト・カルロスは、バス代が払えず学校までの十数キロを毎日走って通っていた。というのは有名なエピソードであり、その幼少期の本人も意識していなかった日々のトレーニングがあのモンスター的なフィジカルを生んだのだという見識者も少なくない。
一方で性格はプレイスタイルと同じく自由奔放なイメージで、ちょっと前には複数女性との間に8人の子供がいると発言。「結婚したのは2人だけど、子供はメキシコ人とハンガリー人との間、あとはブラジル人との間に計8人おるよ。」とイタリアサッカー紙「ガゼッタ・デッロ・スポルト」のインタビューにあっけらかんと回答。
何故そんなにと記者が突っ込むと、自分にとっては女性は車や時計と同じで、ある程度時間が経つと飽きてしまうといったような趣旨の発言をし、世の中の女性を敵に回したとか回さなかったとか。
過去にも代表を引退してから4年後に「やっぱW杯出たい」とか云ってみたり、トルコで「無給でもいいからレアルに復帰したい」とか云ってみたり(いずれも関係者からはガン無視されていた)、結構「空気の読めない天然発言」を繰り出していたので、「またか」と別段驚きもしなかったのだが、上記エピソードで「頑張り屋さん」イメージが強かった人には結構ショックだったようで・・・。
まぁそんなゴシップ記事はともかくとして、サッカー選手としては極めて高い評価を得た選手であり、その圧倒的な身体能力は他の追随を許さないサッカー史に残るフィジカルモンスターであった。
1991年に地元クラブでプロとしてのキャリアをスタートさせ、93年にはパルメイラスへ移籍。ここでクラブのリーグ二連覇の原動力となると、95年にはイタリアの強豪インテルへと移籍する。しかしながらイタリアサッカーに適応できずわずか1年でスペインへ活躍の場を求める。
そして1996年に就任1年目のファビオ・カペッロが率いるレアル・マドリードの一員となると、爆発的な活躍を見せ、11シーズンで500試合以上に出場し65得点を記録。リーグ戦に限っても通算370試合で46得点とディフェンダーとしては破格の得点能力を存分に発揮した。
またスター選手が揃う「銀河系軍団」において、10年以上の長きに渡り不動の左サイドバックとしてレギュラーを張り続けた点にも驚かされるが、その長い君臨の結果、今バージョンのKOLE排出でWCCFユーザーにも既知の存在となったレアル・マドリードの伝説、故アルフレッド・ディ・ステファノの持っていた同クラブの外国人最多出場記録を塗り替え、歴代トップの記録を持つ。
レアル退団後は、フェネルバフチェ、コリンチャンスと渡り歩き、2012年にロシアで現役を引退した。
レアルでは「3」のイメージが強いが、ブラジル代表では「6」を着用し、代表デビューは1992年2月26日のアメリカ戦。以降2006年の代表引退まで125試合に出場して24得点を記録。W杯にも3回出場しており、2002年には優勝も経験している。
長きに渡って刻んだ代表125というキャップ数は、同国歴代2位の数字で、1位は長らくコンビを組んできた右サイドバックのカフー(142キャップ)である。(いずれも2014年現在)
そしてEXTRAリバウドの項でも述べたが、このATLE-EXTRA ロベルト・カルロスが着用している代表ユニフォームは1997年のものであり、あのフランス戦でGKバルテズが一歩も動けなかったロベカルの代名詞とも云われる伝説のFKがWCCF上でも再現されている。歴代最高のフリーキッカーを語るというのは歴代最高のファンタジスタを語るのと同じくらい熱いサッカーファン永遠のテーマであるが、話の中で必ず誰かはブッコンで来るであろう「ロベカルのFK」をこれを読んで頂いている監督の皆様にも是非堪能して戴きたい。
特殊実況は「フィリオ・ド・ベント」、BMP(ビッグマッチプレイヤー)有り。

