「わたしですよ」 と言ったその声、言い方、すごく優しかった。
まるで、年上の優しいおねえさんが弟に言っているような優しさを僕は感じた。
「あ、あの・・・今、大丈夫?」
「大丈夫よ、みんなテレビに夢中になっているから」
僕は、準備しておいた言葉からスタートさせた。
「きょうも屋上で会えたね、どうもありがとう」
「きょうは、双眼鏡、持ってきてたのね、おかしくて笑っちゃった」
「うん、だって、村上さんであること確認したかったし、顔をよく見たかったんだもん」
「山中くん、わたし、もう10日くらい前から、昼休みに屋上に行っていたのよ」
「えぇー!」
「山中くん、電車でいつも知らない振りだからもうだめかなって思ってたの。だから、手紙もらったときはすごく嬉しかったよ」
僕は、もう有頂天に舞い上がった。
この幸せな電話中に、誰かが並んで急き立てるようなことがないことを祈った。
「いつも、車内で5分会うだけだから、こんどゆっくり会いたいです」
なぜか、ですます調になってしまう。
「うん、車内で5分じゃお話できないものね、会いましょう、で、どうする?」
調子にのると、あとでがっくりするから、僕は念押しの質問をした。
「あの・・・僕は、2年生だけどいいの?」
「それは、そんなに気にするようなことではないと思うの」
と、いうわけで僕は安心して、用意済みの話にうつった。
「うん、じゃあ、明々後日だけど、日曜日会える?」
「うん、いいわ」
「じゃあ、10時にY駅の北口の改札口で待合わせでどう?」
「うん、わかったわ、ありがとう」
公衆電話ボックスだから、家族を気にすることはないけれど、誰かに順番を待たれるかも知れないので、これもまた落ち着かなかったけれど目的は果たせた。
いつもクールにしか見えない由美子さんは、優しく和み感のある声、また同様な話し方をする人だった。
電話を切ったあと、僕は笑みがこぼれてくるのを止められないまま、家路についた。