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僕は捨てられていた。
広い広い原っぱの真ん中、一本杉の原っぱに僕は捨てられた。

お母さんは大きなカバンひとつもって
知らないおじさんとどこかへ行った。

僕は『邪魔』なんだそう。
ねえ『邪魔』ってなに?
お母さん、ボクがそばいると悲しい?イヤ?

ボク、お母さんが大好きだよ。
ずっとずっと一緒にいたいよ。

ねぇ、お母さん。

帰る道がわからない。
ココがどこなのかもわからない。

おや?
こんなところにガキがいるじゃないか。

真っ黒な服、真っ黒な靴、真っ黒な帽子。
綺麗なおばさんがボクの前に立っていた。

オマエ、名前は?

‥‥‥

黙ってたらわからないだろう。
名前ぐらいあるんだろ、サッサと言わないかい。

ボクは‥

それからボクは、この綺麗(で、ちょっと怖い)な
おばさんと一緒に暮らすことになった。

なんでかわかんないけど。

でも帰りたいお家に帰れないから
帰り道を思い出すまで、思い出すまで。

思いだせないまま何年も過ぎ
さらにもっと過ぎて

僕は大人になった。
「邪魔」の意味もわかるようになったし
恨みはするけど、母の気持ちもわかる年齢になった。

あれからこの魔法使いに拾われて
そりゃもう、こき使われたり叱られたり。

でも帰ろうとは思わなかった。
帰り道も思いだしていたけれど僕は
もう帰ろうとは思わなかったよ。

口の悪い魔法使い。

魔法のようにケーキやクッキーをその手で作り
魔法のように温かいスープを作っては僕に飲ませ

魔法使いの魔法で僕は
ボクから僕へと育ち
文字も覚えた、お金の勘定も覚えた。

魔法使いが僕に教えてくれたおかげで
僕も魔法が使えるようになったのかも知れない。

紙切れにびっしり書かれているものが新聞と知った。

世の中はこの金があるのとないのとでは
暮らしやすさが全然違うけども、
この金がすべてではないとも知った。

魔法使いと一緒に過ごした時間が
僕に教えてくれた。

ある日、魔法使いの家に見知らぬ男たちがやってきて
母が僕を捜しているというといきなり手を引き連れて行く。

僕はもちろん嫌だと言った。
いつもぶっきらぼうに話す魔法使いも
僕の名を呼び、連れ戻そうと、離れたくないと
追いかけてきた。

バタンと強く扉は閉められ
自動車というものに乗せられて
僕と魔法使いの暮らしは終わった。

それからまた月日が重なり

私は母が嫁いだ先の家の会社を継いでいる。
しかし今でも魔法使いとの暮らしは忘れていない。

いや、あの人が魔法使いではないということぐらいわかっているよ。

あの人の夫と子供は事故で亡くなり以来、着る物は黒だけと決め
独りで生きていたところに捨て子の僕と出会い、育ててくれた人。

けど、あの人が作るお菓子もスープも
それは幼いころの私にとって本当に魔法だった。

勉強も教えてくれた。

なにより生きる術を、
生きていくという意味も教えてくれた。

彼女は本当に魔法使いだったよ‥私にとって。

さて。

私は彼女と暮らした土地に帰ってきた。
会社は母と母の夫の間にできた子へ無事引き継いだ。

そう、私の役目はそれだった。
役目を終えて、すぐに帰ってきたんだ。

何もかもが懐かしい。

できればもっと早く帰ってきたかったが
そうもいかなかった。


母は母で気を使い、母の夫も私に遠慮するところもあったもので
帰りたくても帰ると強く言えないままで。

やることを終えて帰ってきたが
魔法使いの家はもう朽ちて。

捜して訪ねて、足が棒になってきたころ
ふと見た店で水を買った。

水を飲みながら歩く。

街並みはとても美しく、遠くに見える街角。

一本杉が立っている街角。

そうか。
ここは、あの原っぱか。

一本杉の下で
真っ黒い服、真っ黒な靴、真っ黒な帽子の老婆がひとり。

あてなどないのに誰かを待っているように
捨てられた子のように

誰かの帰りを待っている。
誰かがいる家へ帰りたいと泣いている。

やっと会えた。

お母さん。
待たせてごめんよ、ごめん。

私と彼女を魔法が包み
素晴らしい時間を過ごせた。

やがて、季節が幾度か過ぎたのち
彼女は幸せな笑みを浮かべながら静かに眠った。

眠る前、彼女は私に言った。

お前はね
私を助けてくれた魔法使いだったよ。