平成元年、あなたは何してた?



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キャンペーン詳細

 

どうも\(゜ロ\)(/ロ゜)/大慌てな竜馬です

 

ありがとう!平成キャンペーン

終了期間が14日と今、知りましたガーン

 

全テーマ完走するのに

ペースアップしてアップする

アップップ作戦を発動しようと思いますっメラメラ

 

[今日は何の日?]は

毎日、その時に書いてますが

平成キャンペーンは書き貯める式ですので

 

書き貯めた記事はかなりあります。

なのでアップップ作戦でお送りしますが

1日に何記事もアップするという迷惑状態になりますびっくり

 

ごめんなさい_(_^_)_

 

まず

 

「平成元年、あなたは何してた?」

ボーっと生きてましたね‥グラサンチコちゃんに怒られるレベル

 

このころホント大変でね。

 

その年、嬉しいニュースからスタートしたんです。

僕とかなり歳の差ある妹を母が身ごもりました。

 

やったね、パパウインクママ

 

照れくさそうにしている父の顔が忘れられません。

報告がすんで、財布から2万円ほどだして

小豆買ぉてこい、赤飯炊いてくれ

 

どんだけ小豆買うんかーい爆笑

 

嬉しいニュースでスタートした平成元年も

荒波が待ち受けていました。

 

それから数か月、父が崖から滑り落ちるというハプニングがあり

以来、体調がかなり崩れて

 

それでも仕事を続けていましたが

 

両親の仕事の、共同経営的なとある人物が

売上もって消えてしまい

 

我が家の仕事は明日さえわからない暗闇の中。

そんなとき

足元を照らしてくれた光は

 

末の妹が生まれたということ。

 

生まれる前に逆子になって

意思から教わった治療法は

 

母がスフィンクスのような態勢になる

逆子体操なるもので

 

見事、逆子が治りましてニコニコ

 

でも無事に生まれたとは言い難く

超未熟児だったんです。

 

保育器に1ヶ月。

まだ当時、無事に育ってくれるか予断許さない状況で。

 

そのころ、父と僕と妹・竜虎は

なんとかつないだ仕事で長崎へ。

 

出産した母と末妹を福岡に残し

仕事を続けていました。

 

もちろん不安でしたよ。

でも働かないと生きていけませんし

家族増えたからよけい、がんばらないといけませんから。

 

一方、心労で憔悴した母を

医師はいったん家族のところへ帰りなさいと説得してくれ

末妹を預け一時退院した母と合流。

 

すると父が軽い脳梗塞で倒れ

長崎の病院に短期でしたが入院。

 

仕事は竜虎と僕で続けてました。

 

父が退院し、母とともに福岡へ。

無事に成長し、保育器を出た末妹を迎えに行きました。

 

退院直後で

しかも後遺症が若干残る脳梗塞後の身体で

同じ九州とはいえ長距離移動した父

 

身体はきつかったと思いますが

それよりも生まれた末の娘への愛情が

体力を超えた。

 

その姿を僕は忘れません。

 

飛鳥家4人が5人になった駅前の広場。

そこはその後

成長した末の妹が、そういっても当時まだまだ幼かったですけれども

巣立つ場所にもなったんです。

 

嬉しいと悲しいが入り交じる

大切な場所になりました。

 

5人家族になった飛鳥家。

荒波はまだ次々と押し寄せて

 

末妹が生まれて2ヶ月ほどして

家の中で転倒した父が

胸ポケットに入れていた百円ライターで肋骨骨折。

 

しかも折れた骨が肺に刺さって

てんやわんや\(゜ロ\)(/ロ゜)/えらいこっちゃ

 

しかも仕事の経営

経営自体は順調でしたが

圧倒的に人手不足。

 

仕事のほとんどを母と竜虎がこなし

僕はそのまわりをチョロチョロしていたというショボーン

 

でも仕事へ対しての僕の姿勢が、改められたというか

ハッキリと『この仕事が好きだ』と

認識できた時期でもありました。

 

なので

たいへんでしたけど、やりがいを感じていましたし

ずっと続けていこう。

 

竜虎のサポートをして

兄妹というより相棒として親友として

続けていこうと思ってましたね。

 

毎晩、食事のあとに2,3時間ほど

歩行器に乗る末妹囲んで

両親と僕と竜虎が

ひとしきり笑って暮らしていた時代。

 

平成元年はそのスタートでした。

 

湾岸戦争が起こったころ

我が家は業務提携へと至り

その後、吸収合併となり

 

今でも振り返るときがあります。

大変だったけど

いちばん楽しかった時代でもあったなぁ。

 

もちろん、その後

僕の親友だった人と結婚した竜虎に子が生まれて

可愛い姪っ子たちや甥っ子たちが生まれて

 

嬉しいことは多かったですけどね。

 

令和元年はどんなことがあるんだろう?

 

今は遠く離れて

会うこともかなわない

 

竜虎や姪っ子たち・甥っ子たちと

会える日が来るのかな。

 

母と末妹も遠く離れているし

母とは10何年会えていないし

母と僕、お互いに心臓壊しているし

 

会いたいな。

できれば暮らせる日が来たらと願う。

 

もう一人の母も気になるし

 

身体がふたつあればなもぐもぐ無理っすかね?無理だよね

パーマンに出てくるコピーロボット欲しいキョロキョロホントね

 

きっと人の数だけドラマあって

もっと大変な荒波に飲まれていた方たちや

幸せな時間過ごしていた方たちもおられて

 

たくさんの人が

それぞれの時間をすごしてドラマを生んで

形作られていく世界。

 

令和もまた

いろんなドラマが生まれて

悲喜こもごもながら、形作られていくんでしょうね。

 

悲しいことがチョットでも減るといいな。

 

ということで

ではまたっ爆笑ごきげんよう