総右衛門「いらっしゃいませ」
暖簾をくぐって男性がひとり座った。
伝助「いらっしゃい」
紺のジャンパー、くたびれたズボン‥ボロボロの運動靴。
ボストンバッグひとつに人生すべてが詰まっているような暮らしのおじさん。
男性「熱かんと大根、厚揚げ、じゃが芋と玉子‥もらおうかな」
伝助「へいっ」
テキパキと作業開始。
それからまた数十分‥男性も話しに加わり、片寄せあって飲んでいた。
男性の名は雄太郎。
日雇いの肉体労働を続けているが、老いてきたため仕事はほとんどなく
また、不況のせいで食うや食わずの日々をおくる。
今日は運よく仕事にありつけて、僅かでも給金を手にし
雪降る街を歩いていると
見かけた暖かそうな雰囲気の屋台。
その暖かそうな雰囲気に惹かれて入ってきたのだという。
珠子「へぇ、おじさんってさぁ、娘さんがいるんだぁ」
雄太郎「いいや‥いたといったほうが正しいかな」
伝助「どーゆーことでっか?」
雄太郎「うん‥」
声を飲み込む。
総右衛門「話せば楽になることもござりましょう。
飲み込むばかりが正解ではござりませぬ」
源左衛門「そうだな」
雄太郎は、そんな言葉に心もやわらいだのか‥ポツリポツリと語り始めた。
里に妻や娘を残して、出稼ぎに東京へ来たのがはじまりだった。
雄太郎「娘が生まれてきてから、いっそうに稼がなければなんねえで
オラは今までよりもなお、精を出して働いた‥来る日も来る日もの。
娘が学校さ行く年に近づいて、金も今まで以上にかかるようになって‥
仕事を増やせば帰ぇる日も延びる‥そんなことが続いてただども、
ようやく子供は学校さ上がった。
入学式にさえ出れなくてね‥子供のために働いてんだども、
その子供の成長をなしてこの目で見れねえんだ‥
そう思ったら、身体から力が抜けちまってな」
春になり、駅のホームで乗るはずだった帰りの列車を見送った。
それから‥金がかかるからと ずっと飲まずにガマンしていた酒を飲む。
久方ぶりにあおる酒‥だが、飲んでも浴びても酔うことは出来ず、
身体はどんどんと冷えていく。
冷え切った身体を引きずって街をさまよい、何ヶ月経っただろうか‥
温もりを求めて、夜に出会ったひとりの女性と深みに落ちる。
『あたしは子供が産めないから‥』寂しそうに笑う女性と
たとえ家族ゴッコだと人に後ろ指を差されても笑われても、
雄太郎はその温もりに満たされた。
数年後、その女性は雄太郎に看取られて幸せそうに息を引き取る。
以来、独りでねぐらを持たない浮き草生活。
仕事も無くなり、しわも白髪もうんと増え、
そろそろ人生の終焉も見えてきたと雄太郎は笑った。
雄太郎「そんでも‥今だってあの時、捨てちまった女房や娘を忘れたこともねえ。
オラに寄り添ってくれた女も忘れねえ‥
オラがバカだったから捨てちまった嫁こと わらしも、
オラをあったかく抱いてくれた女も
オラにしたら みんな 大事な家族だ」
珠子「家族? ハハハ‥じょーだんよしてよ」
珠子は、怒りもあらわに雄太郎に詰め寄る。
珠子「勝手にアンタが捨てて、よそに女作って‥何が忘れていないよ!
何がどっちも大事な家族よ!! 笑わせるんじゃないわよっ。
残された人の‥捨てられた人の気持ちなんて、
これっぽっちも考えてないじゃないっ。
そんなアンタが、家族だのなんだのと口にするんじゃないわよっ!」
雄太郎は球子の言葉を黙って聞いている。
源左衛門「許してくれよ、親父殿。
この子は過去に、父親から捨てられたことのある人だ。
湖の氷が解けるのを見ては今日帰るか、明日帰るかと喜び
花が咲くのを見るにつけて、帰ってきたらアレも言おう、コレも言いたいと‥
そんな春待つ日を何年も過ごすうち、
自身の身を温める春にも取り残されてしまった娘だ。
けっして、怒ってくれるな‥そして、この娘の気持ちもわかってやってほしい」
雄太郎はジッと黙ったまま。
総右衛門「ささ、娘御‥水でも飲まれよ」
泣いてる珠子にハンカチをわたし、水を飲ませて落ち着かせる。
伝助「酔っとるのもあるさかい、堪忍でっせ」
雄太郎「んんん、腹なんぞたててねぇ。
んだな‥オラが家族だなんのと口にすんのも、おこがかましいってもんだ。
なんの非もねえ、嫁こと わらしを捨てて
別の女のとこさ行っちまった勝手な男なんだからな
娘さん‥堪忍してくれの。
ただ‥オラの気持ちに偽りはねえんだ。
女が亡くなって、何度故郷に帰ぇろうかとも思っただ‥だとも、帰ぇれなかった。
あわせる顔がどこにある‥そんなの、イヤになるほどわかってたんだ。
なのにムクドリは、はぐれちまって帰ぇる場所を見失なっちまった‥
オラが臆病なのもあったんだろうな。
臆病でバカで‥どうしようもねえ男だ」
フッと悲しげに笑った。
雄太郎「娘さん‥アンタに言われて
なんだかオラの娘に叱られてるような気になっただ」
立ち上がり、ペコリとうつむいたままの珠子に頭を下げる。
雄太郎「騒がせちまっただな‥いくらになるべか?」
伝助「お代は、ええですよ」
雄太郎「それはいけねえだ‥騒がせて、イヤな思いもさせて‥
ごちそうにまでなるなんて。
払わせてもらわにゃ」
伝助「そうでっか‥うーん‥そやな‥ほな、500円ばかし いただきまひょか」
雄太郎「そんなに安く?」
源左衛門「それでいい‥親父殿、今夜は楽しかった。また会おう」
雄太郎「また‥か…そだな、また会えたら嬉しいな」
そう笑って500円玉を置くと、ボストンバッグを担いで外に出ようとする。
伝助「おっちゃん‥最後にひとつだけなんやけど」
雄太郎「ん? なんだい」
伝助「おっちゃん、今からでも遅ぉないと僕は思うんやけど‥」
雄太郎「何がだい」
伝助「おっちゃんの娘さん、きっとどこかで
元気に暮らしてはるんやと思うんです。
その娘さんにおうて、しっかりと謝って
やり直したらどないなんかなぁと思いますんや」
雄太郎「やり直すね‥ハハハ‥
こんなバカな老いぼれが突然会いに行ったって
迷惑かけるだけだよ。
身勝手な気持ちから、大切な娘を捨てる親なんて‥どこをどうしたって
やり直しなんかできないよ」
伝助「そうなんやろか?
あんな、このおでんの中にも入っとる竹輪のことなんやけどな‥
ちくわ‥おっちゃんは、どっち側から食べます?」
雄太郎「どっちからって‥」
伝助「右からですか? それとも左からですやろか?」
雄太郎「うーん‥」
伝助「答えはでんな‥
竹輪はどっちから食べても同じなんですわ♪」
雄太郎「そりゃそうだけども」
伝助「どっちから覗いてもなんも変わらへんし
どっちから食べても美味しいことに変わりはありしまへん。
せやから、大切なんは美味しいか美味しゅうないかやと思うんですわ。
それとおんなじで、大切なことは‥人生っちゅーもんを歩くのは、
たとえ はぐれてしもても、遠回りしても
どっちゃから進んでも変わらへんのとちゃいますやろか。
右から行こうが左から行こうが、そんなもん関係ない。
楽しいか楽しないか‥楽しいを見つけるのが大切なんやさかい
遠回りしてもどっちからむかったところで、かまやしまへんのや。
最後に美味しいへ、たどり着く先は楽しい、幸せ。
おっちゃんの人生、やり直しはきっと出来ると思いまっせ」
雄太郎「パンダくん‥」
伝助「伝助でおます」
雄太郎は、深々と頭を下げた。
伝助「夜も更けてますよってに、あんじょう気ぃつけてお帰りなはれや」
雄太郎「ありがとう‥娘がよく、とうちゃんの鼻は赤いから
赤鼻のトナカイさんだと笑ってくれたんですよ‥
ほんとに赤鼻のトナカイなら‥自分の足下をしっかり照らして
迷わずに歩けたのかもしんないね」
総右衛門「もし‥娘御のお名前はなんと申される?」
雄太郎「娘は‥珠のように美しく、大切に育ってくれとの想いさ込めて珠子‥
珠子と言いますだ」
そういって屋台を出る。
源左衛門「親父殿‥車に気をつけられよ。雪深い夜だ」
雄太郎は、源左衛門たちの言葉を背中に聞きながら歩き出した。
珠子はゆっくりと顔を上げた。
珠子「え?」
青森が故郷‥ムクドリと笑う出稼ぎの人‥娘がいて…名を珠子‥
父を赤鼻のトナカイだと笑う。
珠子「そんな‥でもっ」
総右衛門はラジオのボリュームを少し上げた。
DJ「さぁ、もうすぐクリスマス。
イブの夜をリスナーのみんなとすごした時間も、残りいよいよ2曲です。
放送がすんだら みんな、ちゃーんと寝てくださいね。
あんまり夜更かししていると、サンタさんが来てくれないかも‥」
珠子「イブの夜?」
伝助「今夜は12月24日‥クリスマスイブでんがな。
さっきも言いましたやろ?
竹輪はどっちから食べてもおんなじで、
どっちから覗いてもなんも変わらへんし
どっちから食べても美味しいことに変わりまへん。
はぐれてしもても、遠回りしたとしても‥見失ったとしても
どっちから食べても進んでも、なーんも変わりまへんよって。
美味しいを、楽しいを、幸せを感じたらええんどす。
まだまだ、やり直しは出来まっせ」
ニッコリ笑う伝助と、微笑む総右衛門、源左衛門。
珠子「それじゃあ‥今‥今の人…」
伝助「今度は はぐれてしまわんように、しっかりと掴まえててやりなはれ」
総右衛門「母上殿の墓前にも行きなされよ」
源左衛門「急げ‥時間がない」
ラジオから聞こえる『まもなく23時49分』の声。
珠子は、上着も着ずバッグも忘れて走り出した。
都内
雪が降っている‥ホワイトクリスマス・イヴ。
酒に酔っているのか、千鳥足で歩いていた男性‥雄太郎
歩きながら、ポケットから取り出す写真とハガキ。
色あせた写真に、薄汚れたハガキ。
写真にはリンゴのほっぺの幼い珠子。
ハガキには『げんきで はやく かえってきてね』と書いてある。
雄太郎「珠子‥ごめんな…」
後ろから『お父さん!!』と誰かの声が聞こえ、振り向こうとしたそのとき
冷たい風に吹かれて、手にしていた写真が舞い上がる。
『あっ』雄太郎は慌てて写真を取りに車道へ‥そこに1台の車が走ってきた‥
鳴り響くクラクション。
珠子「お父さぁぁぁんっ!!」
泣き叫ぶ珠子の横を駆け抜けて、雄太郎の横も走り去って‥
おでんの屋台が超特急で現れる。
キキーッ‥急ブレーキの音が響き
『バカやろう! 死にてぇのか』の怒鳴り声へ
『じゃかぁしんじゃいワレェっ、己も助かっとんのじゃっ
わかっとんのか、このアホンダラのボケナスのハゲぇぇぇ!!』と
鬼気迫る伝助の声が轟き、慌てて逃げ出す車。
そして‥
伝助「メリークリスマスやあぁぁぁ☆幸せな時をあなたに♪」
明るい声が聞こえたかと思うと
伝助が屋根に乗り、総右衛門と源左衛門が引く屋台は
空へと舞い上がって‥
『石やぁぁぁきぃぃ芋ぉぉぉ!お芋っ!!
焼きとぉぉもろこしぃぃ♪おでんもあるよっ☆』と
楽しく騒々しい声と、ほうき星のような きらめきを残して去っていった。
あとには‥雪降る街角に雄太郎を抱きしめて泣く珠子の姿があり、
戸惑いながらも‥すべてを悟った雄太郎の姿があった。
その横に、ちょこんと珠子の上着とバッグと
愉快なおでん屋にわたした雄太郎の500円玉が置かれていた。
都内・12月25日・21時00分
街を見下ろす丘の上。
伝助「ただいまっと♪」
総右衛門「帰ってきたのはようござりましたが、
街ではなく丘の上に来てしまいました」
源左衛門「まだまだ調整不足といったところだな。
まぁいいさ‥しかし今回は慌てたな。
伝助が突然目覚めた趣味のおでん作りで、
味を追求するためにハイスペック屋台を開発し、
雰囲気も勉強しようと街角にだしてみたら、
そこに訪れた雄太郎さんが帰りの道で事故に遭い
医者に連れて行こうとしたら誤って猛ダッシュ、
しかも瀕死の雄太郎さんは途中で屋台から離れてしまって元の道路に倒れ
俺たちはそのまま勢いあまって時間までさかのぼってしまうとは」
総右衛門「そのおかげで娘御の珠子殿を寝ているすきにタイムワープさせ
無事、雄太郎殿をお救いいたすことができましてござりまする」
源左衛門「そうだな、結果的に珠子も救えてなによりだ」
伝助「まぁクリスマスやし、奇跡的な夜があってもええんとちゃう?」
源左衛門「フッ‥そうだな。
奇跡の夜というのは悪くない」
伝助「せやけど、まだ1日程度の時間移動やけど
これもっと開発したら時間旅行も出来るかも」
総右衛門「若、屋台から白煙やら黒煙やら出ておりまするが」
伝助「なんやてっ!? パンダ煙やてっ!?」
屋台をチェック。
伝助「アカン‥モーターがオシャカになっとる。
電気系統がアウトや。
しゃあないな‥また作り直して、いつかはタイムマシンを完成させたるっ」
源左衛門「おでん屋台を作るという目的から、タイムマシンを作るに変わったな」
伝助「夢はでっかく、心もでっかくや♪」
源左衛門「しかし、ハイパー屋台のおかげで時間移動という経験もできたし、
それに、ここから見る夜景は、まるでクリスマスツリーのようだ」
総右衛門「おおっ、まことにござりまする」
伝助「ホンマやぁ♪」
輝く夜景をしばし眺め‥
伝助「そうやっ!」
伝助はスマホを取り出してどこかへかける。
伝助「あっ、もしもし? 僕やけど
今な、夜景がやけに綺麗な丘の上に来てますねん。
せっかくやから、みんなを誘ぉてこっちに来ぃひん?
おでんが ぎょーさんあるよって楽しいと思うんやわぁ
あと、おはぎもおにぎりも石焼芋も焼きとうもろこしもありますねん。
そうそうそうそう
夜景がやけにヤケになってもまうくらい綺麗な丘の上やさかい
みんなでパァッとクリスマスおでんパーティーしまひょ♪」
総右衛門「夜景がやけに綺麗でヤケになるとは‥」
伝助「うん‥ケーキとシャンメリーだけ持ってきてな。
待っとるよ♪」
スマホを切る。
伝助「15分くらいでみんな来るって」
総右衛門「さようにござりまするか‥ならば」
源左衛門「おでんの追加の仕込みを大至急終わらせるか」
屋台に戻って作業を始める伝総源の3人。
クリスマス‥誰にも幸せが訪れる日。
ついてない、寂しい、苦しいも辛いもあるけれど
少しの間だけでも
恵まれてないと嘆かず、うつむかず
夜空を見上げてみたらいかがでしょうか。
誰しもが祈りを捧げる聖夜。
赤い鼻のトナカイに引かれたソリに乗って、
サンタクロースが忙しそうにしているのがみえるかもですよ。
すべての命に幸せを
すべての命に優しさを
すべての命に愛を
それが、サンタクロースの願いであり、プレゼントですから。
今宵、貴女に‥貴方に、幸せがもたらされ、優しさに満ちますように。
今宵、すべての命が、愛で満たされますように。
貴女の、貴方の
愛で自分を誰かを満たしてください。
誰だって、誰かのサンタクロースなのですから。
メリークリスマス☆
ハッピークリスマス☆
「赤鼻のトナカイ」完
