布団をかぶって四日目の午後
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塾の広いエントランス。私は受付に要件を伝え、長男の座る長椅子の横に腰掛けました。長男は私が座る瞬間、座り直して私から距離を取りました。私を避けているのかな?勝手に塾の先生と約束したことを怒っているのかな?心の中で不安に思いましたが、仕方ないよ、あのまま布団をかぶらせていくわけにはいかないのだから…グルグルと私は考えていました。
しばらく待つと長身の男性(K先生)がやってきました。私たち親子に丁寧にあいさつをすると、面談スペースに通されました。
テーブルに向かい合って座ると、K先生は何やらノートを広げ、書き込んでいます。長男の方をチラリとも見ずに
「ヤル気が出ないんだって?、あのね、そういう時はね・・・」
そこまで言うと
「いけないいけない、僕はいつも喋り過ぎるんだった…」
独り言のように呟いてから
手の平をこっちにおいでという風にひらひらさせながら
「言って、何を悩んでいるの?」
とぶっきらぼうに聞いてきました。相変わらず何かを書きながら。
私たち親子はこの塾に存在する何千人の中の一人なんだろうな、この先生にとっては数ある塾生の中のただのちっぽけな親子で…そんな後ろ向きなことを考えていました。
長男は言葉につまり
「えーっと、講座を休んじゃって・・・、それとヤル気も出なくて・・・なんていうか」
そこまで話して押し黙ってしまいました。
K先生はペンを置くと、長男をまっすぐに見ています。
「それから?」
そのまま長男は押し黙ってしまいました。そんな言い方はないだろうと私は内心思っていました。
しばし沈黙が流れ、、、K先生は
「じゃ、僕から聞いていい?」
「はい」
長男が小さく答えます。
「君のお母さんから電話もらって、各講座のリーダーたちに話しを聞いたけど(息子の通う塾には各講座のサポートに入るリーダーと呼ばれる学生バイトがいます)、とても元気そうだったし休憩時間も楽しそうに過ごしてたって報告受けてるけど?」
「はい」
「最近の模試の結果を見ても、特に成績がガタ落ちもしてないんだけど」
「はい」
「何が問題なん?」
「思ったより成績伸びなくて・・・、このままA大学目指しててええんかな?って、」
「自信がなくなったんだ?」
「はい」
「君、〇〇高校やね。最低でもこの大学以上は行きたいなあとかあるんやろ?」
「はい」
「プライドあるもんなあ」
「まあ、はい」
「さっき、思ったより成績伸びなくてって言ってたけど、具体的にどこまで伸ばしたいんや?」
「いや、まあ、E判定は嫌だなあって」
「今、現役生はほとんどE判定や、何を望んどるんや」
「部活引退して…、コロナあって、時間もあるからもっともっと勉強したかったのに、出来なくて、集中できなくて、成績上がらないし」
「部活引退したの1カ月前?もうちょっとか、それでもっともっと成績上がっとるイメージやったんやな?」
「はい」
私はこの時、隣に座って長男のことを横から見ていました。目は虚ろで、うつむいていて、自信なさげな長男の姿に私も悲しくなってきました。
「それで、布団被かぶって寝てたんか?
なんで相談に来ない?」
「僕が勉強しないと、僕の問題だなって」
「自分で解決できるって思ったんか?」
「勉強するしかないって思ってたから」
K先生は資料を取り出しました。
長男にいろいろと話しかけながら、資料をめくります。
「君の行きたいのはA大学。で、これが今回の模試の受験生たちの分布がこれね。昨年度、この同じ模試で、君と同じ高校で同じ成績だった現役生たちが最終的にどこに合格したか知りたいやろ?」
「はい」
「A大学にももちろん合格してるねえ、もっと下だった子も合格してる。この子は落ちてるけどね、でもB大学に合格してる。ちなみに今回の模試でA判定出た子は現役生はなし。B判定は・・・」
「え?そうなんや、僕でも全然無理ってわけやないんや」
「当たり前や、諦めなかったらの話やけど。」
長男の顔がパアッと明るくなって笑顔が出ました。
ところがすぐに顔色が曇り
「でも、俺、夏期講座の小テスト、毎回友達ん中で一番悪くて、同じ高校で同じ現役なのに、みんなはもっと出来てて・・・・俺は一番悪い」
「小テストが返ってくると答案の見せあいしてるみたいやな。あんなん見せなきゃいい。」
K先生は少し真面目な顔をして言いました。なんとなく、今回、息子が布団をかぶった原因が見えてきたように思いました。
「でも、必ず寄ってくるんで、あいつら。俺の答案見てみんな安心してるし、お前やばいぞって言われるし」
「答案返ってきたら、友達来る前にすぐにリーダーのところに質問に行けよ」
K先生は少し間を置いてから、長男に語りかけました。
「あのなあ、一人で頑張ろうとするなよ。僕のことももっと利用して欲しいし、リーダー達のことももっと利用しないと。さっき、見せた資料はさ、進路説明会や講座の中じゃ絶対に見せられない資料なんだよ。こうして個別に相談に来てくれれば、いくらでも見せてやる。受験は心が強い奴が勝つんだよ。ダメかもって思った奴から志望校下げて行くんだよ。不安に思ったら、苦しくなったら、ふてぶてしく、ここに来いよ。」
K先生は長男に熱心に語りかけてから一呼吸置くと、強い口調で長男に問いました。
「君、この受験を一人で頑張れるって胸張って言えるか?」
「言えないっす・・・」
こう言った息子の眼には力が戻っていて、すがるようにK先生の話を聞いていました。長男はK先生を頼っていると思いました。
K先生は模試の結果をひろげて熱心に各教科の勉強のアドバイスを始めました。
「もう発展はしなくていいから、ここ基礎だけで。とにかく単語力だけ、今は…、模試をどんどん受けて、見直して、復習して、力ついてくんのは…すぐには結果でないから…」
私の今回の役目は終わったなあ、そう思ってK先生にお礼を言い、席を立ちました。K先生は私を見送ることなく熱心に長男に話しかけていて、長男もそれに答えています。2人とも、私なんて最初からそこにいなかったかのように話しています。
私は帰り道、
「小テストが友達の中で一番悪かっただけで布団かぶってひきこもるなよ!」
と、天に叫び出したい気分でした。
けれど気持ちは晴れやかでした(笑)
長男はずっと陽の当たる場所にいる子でした。けれど、そんな過去は関係なく、今回、塾の夏期講座の教室で長男は最下位でした。それは長男にとって、とても惨めな体験でカラカラに自信喪失してしまったようです。
ちなみに、不登校の理由がわかったケースに限りますが、深刻でドラマチックな理由で不登校になる子は案外少ないです。どちらかと言うとしょーもない理由の場合が多いです。本人もしょーもない理由ってわかっているので、信頼関係がないと打ち明けません。嘘をついて誤魔化す子もいます。
けれど、思うんです。大人の転職でも同じことが言えませんか?転職理由の圧倒的№1の理由は人間関係です。大人だってしょーもない理由で転職してるんですよ。大人ができないことを子どもに課すのは馬鹿げていると思いませんか?
そもそもこの世はしょーもない人間でばかりで構成されているんです。それを補完しあって、助け合って生きている。一人では生きていけないから、夫婦があり、家族がある。私は不登校は家族で乗り越えるべき問題だと考えています。
夕食は仕事終わりの居酒屋のように、嬉しかったこと、悔しかったこと、ムカついたことを家族で共有できる時間にしたいですね。話しを聞くときは女友達の話を聞く時みたいに
「そーそーわかるわかる」
「マジ?それはムカつく~!」
***
その後、息子は私から1時間ほど遅れて帰宅しました。表情はすがすがしく、晴れやかでした。
息子は、
「休んだ分の講座、K先生がWEBで受講できるように設定してくれたよ」
と、報告してくれました。
私は
「相談に行って良かったね」
と答えました。
鼻歌を歌いながら長男は今日も元気にしています。
自分の弱さを認めた子は強い。
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