句集『風紋』広渡敬雄著を読んで

(2024/7/31)



 句集『風紋』広渡敬雄著(角川文化振興財団)が上梓されました。

『遠賀川』『ライカ』『間取図』に続く充実の第四句集。満を持してのご出版です。


 今般早速ご恵贈いただき拝読させていただきました。そして、そのおおらかで力強い詠みぶりと併せて目配りの繊細練達な句群を堪能いたしました。



 扉を開くと東日本大震災から五年、気仙沼を訪れての句より始まります。


 風紋は沖よりのふみ夕千鳥

 生きていればこその春寒海の青

 慰霊碑は津波の高さ春の海


 俳句は何のために詠むのか。決して花鳥風月を愛でるだけではないとの覚悟。句歴を経ての確信にも思えます。力強く立ち上がり遠く海を見詰める作者が見えてきます。


 その根本には事物をしっかり把握しようとする意思、そしてその意思の強さに読者は圧倒されます。作者にとっては行動する俳句が原点なのです。


 著者最近の書『全国・俳枕の旅』62選(東京四季出版)からもわかるように全国すみずみを訪ね、その土地の歴史、風土、自然を守り継ぐために、新たに俳枕という視点から、俳句のありかたを模索されている。そんな姿勢が貫かれているのでしょう。


 本句集にもご自分の脚で各地を訪ねた句が集められています。だからこそ、句がまやかしでない訴求力を持つのです。


 灯台官舎ありし灯台春惜しむ

 土筆摘んだり水に手を浸したり

 頬紅き子もえんぶりの列に付く

 覗かせてもらふ夏炉や吠えられつ

 島言葉やはらか海月浮き来る

 曲家に残る馬臭や乱れ萩

 夏鴎飛ぶばかり防潮堤高し


 土地への挨拶から、古の人々への想い、そしてその人達が育んできた文化に思いを馳せながら、自分が生きた証を俳句に刻もうとされています。


 そんな文脈のなか山岳俳句の第一人者としての作者がとりわけ自然と対峙する句は圧巻です。


 浅間山には浅間隠山や雪催

 山開き空葬ひの友あり

 雲海の波打ち際に鹿島槍ヶ岳

 ケルンより離れて低き遭難碑

 稜線の雪いちど融け鵙の贄


 とは言うものの、他方では時機を得たかのように、みずからを振り返り、みずからの俳句を形作ってきた先人への敬意を詠いあげているのも今般の特徴でしょう。


 墨弾く色紙の砂子多佳子の忌

 目の馴れて里見えてくる素十の忌

 草々の尖つて来たり太宰の忌

 撞球のつやつやの玉三鬼の忌


 今だからこそ自らの来し方を忌日に仮託しながら振り返ることができるのでしょう。そんな余裕の句にも作者の真面目な人柄を感じることができます。人柄といえば、


 妻も吾も筑前育ち丸き餅

 ファインダーの中の家族や春岬

 一本の冬木を父と思いけり

 煮凝や女盛りの頃の母


 この句群にもまさに今の作者が窺えます。いま親しい人との別れ、無常迅速を身にして、充実した遥かを見定めているかのようです。その意味でまさに本集は混迷の時だからこそ、時機を得た書であり得るのです。ここに来て、深い作者の心中に触れることができます。そしてそれが本句集の読後の安心感に繋がっていることは間違いありません。

座右の書として味読させていただきます。


 この度のご上梓本当におめでとうございます。