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東京単身短信⇒新潟我が良か生活

東京での単身赴任からスタートしたブログです。
新潟に戻ってからも、家族や友人の絆と一緒に続けています。
ハーフマラソンからフルマラソンに折り返しも過ぎました。
真実と現実と向き合って充実した日々を送る「糧」としています。

不調続きの愛馬を今、月2回ペースでフォロー(回診)

ガソリンに「WAKO F1」を注入して血液循環、栄養補給の治療中

愛馬は「走ってなんぼ」です。バイク屋さんでの休養では足腰衰えます。人間の私も同じ

今日は令和6年最後の面会でした。差し入れの給油も兼ね。

エンジンかけて、「ライトオン」

異様に元気で、なんとなくエンジン音もパワフルになった気がします。(フル点灯でカーッ)

令和7年は、頻繁な面会とちょっとしたジョギングを一緒にします。

愛馬が元気になれば、騎手も元気になれそうですので。

「仕事納め」の今日。自分のことかもですが、この前聴いた「中島みゆき」の曲名です。

私と同年の72歳(とはびっくり)

その曲の冒頭の歌詞「沢山の親切と心配をありがとう。沢山の気づかいと人生をありがとう。

(中略)恩を仇で返します。恩知らずになりました。」です。

自分から「恩知らず」って言えるは、その「恩」を感じているってことですよね。

「恩」を「恩と感じない」「恩ってなに?」みたいに「人の気づかい」に鈍感にならないように自戒。(でも、感じすぎて自分自身が潰れないことのも大事と言い訳)

年の瀬、1年を振り返って、

「何人の人のやさしい顔が浮かぶ?『恩』が『仇』になってなかった?」

と自分に問いかけました。

いつも対岸から見ている佐渡ヶ島

全国一周の地図には置き去り(心残り?!)

バイクは許可もらえず、車で一周

家内に助手席で我慢を強いてです。(海の景色だけ?)

佐渡も広かったし、外海府が豪雨と風で「真の絶景」

「絶えた景」色を心でイメージ(男鹿半島一周の断崖)

それに比べて内海府は小雨と穏やか。(弾崎で一変です)

走った道は、相変わらず、ほぼ助手席側は海(北海道一周は牧場ばかり)

ようやく「全国一周マップ」完成です。

令和3年の7月に集まり。

その1年後、令和4年の7月にはMさんを偲ぶ会。

あれから2年4ヶ月後の昨日。

久しぶりに当時のバイク仲間と同じ阿賀町の「七福荘」で会いました。

元気を確かめあいました。バイクの話やMさんの話。そして、歳の話。

総勢5人でバイク3人と車2人(私も車)。でも、みんないきいきでした。

バイクは乗らなくても、眺めて、触って、話して、音を聞くだけでも元気もらえます。

布袋様が写真では二人(笑)います。

気の利いた仲間(布袋様)が「LINE」のグループを作りました。

また、「バイク仲間づくり」が再出発かもです。

お陰様でなんとか昨日45周年を迎えました。「世界遺産」の佐渡金山の地で。

金(婚)まではあと5年ですが、健康で怪我なく迎えたいものです。

まずは、今の健康と相手の忍耐に感謝です。

そして、「ちょっと充電」
愛馬(バイク)で回れなかった佐渡を愛車で回って、全国一周の仕上げ?も兼ねてです。
サファイア婚で宝石を贈る歳でもないので「青と赤(遅ればせのルビー婚色?)の江戸切子のグラスを購入して、ホテルに無理言って乾杯。

お互い「玄冬(幻冬?)」ですが、「まだ、ちょっとは、青春と朱夏」でありたいものです。
p.s.ホテル(OOSADO)からありがたい計らい。YK35を自宅でどうぞとのこと。

一昨日7日は亡き実母の命日

昨日8日は田舎の山中の実家の墓仕舞い

そして、今日9日は亡き義母の命日

毎年、墓仕舞いも命日の間?忘れられない日になります。

実父母と実兄は亡くなり、今年からは自分の番?ですが、

逝った先で、「叱られない」よう供養してきました。

終活ですが、子供たちの負担もちょっと軽くなったかもです。

来年以降も、墓はなくても、お盆は独りで空気を吸ってきたいと思っています。(合掌)

もちろん、熊には注意しつつです。

バイク仲間のツーリング見送り。久しぶりの仲間!でも「好縁」は話しが弾むものです。

そして、見送り終わった後で「新潟ふるさと村」で初めての仲間?とお話。

大間のDさん。漁師の方で青森から南下。能登の応援に向かうそうです。

軽トラで爆走中。スケッチブックに応援メッセージを集めながらの旅

偉いです。

私にも「応援メッセージ」頼まれ、遠慮なく書きました。

『若い人に あなたの向いている方向が全て前向き』

これから日本海沿いに糸魚川、富山と向かいます。(気をつけて行ってらっしゃい)

また、人のつながりが一つ増えました。

ようやく明日、自宅に帰宅です。

避暑地のお土産は「洗濯物」

家族に心配と迷惑をかけて、家事だけを増やしてスミマセン。

自宅への「帰還ビザ」は「ほんのり」と発行されました。

夏風邪はまだ100%完治していませんが、

検査キットは「C」だけ感知しました。(ホッとです)

土曜日から5日間フリータイムを授かりました。

こんな独りの時間も長いものです。

そんなホテル一室でNHK「街角ピアノ ハラミちゃんパリを行く」をじっくり見ました。

「好きなストリートピアノで周りのウケを意識しながらだけでいいのか?」

「本当に自分でしたいものはなんなのか?」

と、ハラミちゃんの自問自答。その答えをパリでみつけたそうです。

そんな私の独りの時間でも「ふと自分は?」と思いながら見ていました。

社会や家族の周りだけを意識しないで、自分に向き合うこともやっぱ大事と気づきました。

『実は、ルーツ不明ですが、土曜日にコロナ感染と診断』され、その結果の5日間でした。

6月に兄が亡くなり、7月に私は72歳、そして8月に兄の納骨

この3ヶ月、改めて健康の大切さを感じました。

「元気なうちにできること」をしなければと思い、

兄の四十九日の東京帰りに何故か行ったことない「伊香保」に一泊してきました。

伊香保石段街365段の212段目の「岸権旅館」(老舗の源泉かけ流し)

裏道を車で旅館まで行って、残りの153段を登って頂上の神社まで

家内からは「若い内に連れてきてくれたら1段目から登れたのに」と言われ

私が代足で1段目から二人分登りました。35度猛暑の中……….

因みに、72歳の7月8日は下から189段目。

これからも365段毎年登りたいものです。(倍でも構わないので)