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東京単身短信⇒新潟我が良か生活

東京での単身赴任からスタートしたブログです。
新潟に戻ってからも、家族や友人の絆と一緒に続けています。
ハーフマラソンからフルマラソンに折り返しも過ぎました。
真実と現実と向き合って充実した日々を送る「糧」としています。

「健康と生活の動作」維持の誓いを第1ステージは守りました。

1月8日から8回の新潟市のシェイプアップエアロコース無事終了

大雪にもめげず、約50人の定員は常に100%近い参加。

コーチ(Tコーチ)とも、参加者とも、新しい接点でした。

ただ、難は「新潟市体育館」の寒さ

半袖、短パンは私だけ、男性は私+1

よく耐えました。

寒さと衆目に………………

また、4月からのコース申し込み済、春です。

季節がようやく私の服装に追いつく第2ステージです。

とにかく、レッスン受けた日は快眠です。

ディスプレーの文字見えません。

歳に正比例?いや、それ以上の細かすぎ。

「数字」の入力ミス、「テニヲハ」のミス、脇に拡大鏡。

でかいディスプレー買いましたが、

今度は、リビングのテーブルでは邪魔

なので、創作意欲が湧き出し、挑戦しました。(作っているときが楽しいです)

制作費は1000円ちょっと

制作時間(構想含め)10時間程度(楽しくて、あっという間でした)

そして、セットアップに60秒。

野中郁次郎さんの訃報が新潟日報に

仕事で何回かお世話になりました。

そして、退職時の挨拶で著書いただきました。(しかも、随行スタッフにもです。)

ある時、本田宗一郎の話で盛り上がり。

私は、ライダー目線で生意気な話をしてしまいました。

「この写真は本田宗一郎さんが現場にいること以上に、しゃがんだラーダー目線が格好いいし、すごいです。」と…………

その後、日経新聞のコラム「やさしい経済学」記事(2006.2.1)で驚き。

その原文

「デトロイトにある自動車の殿堂には、モーターサイクルレースの現場でコースの横にしゃがみ込み(中略)彼はライダーとマシンの挙動を見て次の課題を発見し……」でした。

(何か嬉しかった記憶が蘇りました。)

 

 

「年賀欠礼」の年始ですが、心・身ともに健康の大切さを改めて感じた1年の誓いです。

環境の3R(リデュース・リユース・リサイクル)ではありませんが、生活スタイルの3R(リスタート・リカバリー・リフレッシュ)を目指します。そして「継続と持続」。

健康寿命のピークは、

「男性72.57歳」「 女性75.45歳」とのこと。

▼私の場合はR7.2.1から、下降期突入、

△家内はR12.8.11まで、まだまだ上昇気流。

あと一ヶ月なので、スタジオエクササイズ(筋力維持と反射神経ちょっとUP)を復活します。

持ちこたえられるよう努力すると家族に相談。「元気が何より!」と、何故か快諾でした。皆様も、健康第一に「良か1年を」

家族の「計らい」と年末大掃除の「ご褒美」でさっき(大晦日寸前)まで映画館。ユナイテッドシネマ新潟。

と言っても

中島みゆきコンサート「歌会VOL.1」の劇場版です。

ゆっくり、独りでお酒呑みつつでした。

人生のステージで「応援・叱咤」と「諦め・割切」「希望・励み」「自覚・自戒」を納得させてもらった、相変わらずの「らしい歌詞」と「らしい表情」でした。(但し、丸眼鏡はオサレか?年相応か?)

いよいよ、大晦日の1日の始まりです。

家族にとっても、仕事でも、いろいろあった1年間は、速かったです。

皆様も「良か1年?」を締めくくり、また、「良か1年!」の始まりでしょうか? 

今年の曲「心音(しんおん)」を、来年の「未来」につなげたいものです。

曲の「慕情」や「命のリレー」は舞台は「家族」でした。

そして、フィナーレの曲「地上の星」はやはり「家内(かも)」です。

不調続きの愛馬を今、月2回ペースでフォロー(回診)

ガソリンに「WAKO F1」を注入して血液循環、栄養補給の治療中

愛馬は「走ってなんぼ」です。バイク屋さんでの休養では足腰衰えます。人間の私も同じ

今日は令和6年最後の面会でした。差し入れの給油も兼ね。

エンジンかけて、「ライトオン」

異様に元気で、なんとなくエンジン音もパワフルになった気がします。(フル点灯でカーッ)

令和7年は、頻繁な面会とちょっとしたジョギングを一緒にします。

愛馬が元気になれば、騎手も元気になれそうですので。

「仕事納め」の今日。自分のことかもですが、この前聴いた「中島みゆき」の曲名です。

私と同年の72歳(とはびっくり)

その曲の冒頭の歌詞「沢山の親切と心配をありがとう。沢山の気づかいと人生をありがとう。

(中略)恩を仇で返します。恩知らずになりました。」です。

自分から「恩知らず」って言えるは、その「恩」を感じているってことですよね。

「恩」を「恩と感じない」「恩ってなに?」みたいに「人の気づかい」に鈍感にならないように自戒。(でも、感じすぎて自分自身が潰れないことのも大事と言い訳)

年の瀬、1年を振り返って、

「何人の人のやさしい顔が浮かぶ?『恩』が『仇』になってなかった?」

と自分に問いかけました。

いつも対岸から見ている佐渡ヶ島

全国一周の地図には置き去り(心残り?!)

バイクは許可もらえず、車で一周

家内に助手席で我慢を強いてです。(海の景色だけ?)

佐渡も広かったし、外海府が豪雨と風で「真の絶景」

「絶えた景」色を心でイメージ(男鹿半島一周の断崖)

それに比べて内海府は小雨と穏やか。(弾崎で一変です)

走った道は、相変わらず、ほぼ助手席側は海(北海道一周は牧場ばかり)

ようやく「全国一周マップ」完成です。

令和3年の7月に集まり。

その1年後、令和4年の7月にはMさんを偲ぶ会。

あれから2年4ヶ月後の昨日。

久しぶりに当時のバイク仲間と同じ阿賀町の「七福荘」で会いました。

元気を確かめあいました。バイクの話やMさんの話。そして、歳の話。

総勢5人でバイク3人と車2人(私も車)。でも、みんないきいきでした。

バイクは乗らなくても、眺めて、触って、話して、音を聞くだけでも元気もらえます。

布袋様が写真では二人(笑)います。

気の利いた仲間(布袋様)が「LINE」のグループを作りました。

また、「バイク仲間づくり」が再出発かもです。

お陰様でなんとか昨日45周年を迎えました。「世界遺産」の佐渡金山の地で。

金(婚)まではあと5年ですが、健康で怪我なく迎えたいものです。

まずは、今の健康と相手の忍耐に感謝です。

そして、「ちょっと充電」
愛馬(バイク)で回れなかった佐渡を愛車で回って、全国一周の仕上げ?も兼ねてです。
サファイア婚で宝石を贈る歳でもないので「青と赤(遅ればせのルビー婚色?)の江戸切子のグラスを購入して、ホテルに無理言って乾杯。

お互い「玄冬(幻冬?)」ですが、「まだ、ちょっとは、青春と朱夏」でありたいものです。
p.s.ホテル(OOSADO)からありがたい計らい。YK35を自宅でどうぞとのこと。