今日、2023年11月8日は立冬。
朝晩の冷え込みに比べて
日中はぽかぽか陽気。
これを小春日和と云うには聊か早い。
陽気に誘われてと云うのも憚られます。
11月20日(月)の大阪あそ歩の下見に市岡尻無河畔を
ひとり、あれこれ来し方行く末を思いながら歩きました。
2025年の博覧会を控えて
集合場所のJR弁天町駅は、リニューアル中です。
何やら大阪メトロの中央線が夢洲まで延伸されるとかで、
弁天町がJRとのアクセスポイントになります。
写真図1 弁天町界隈現況

歩道橋から眺めますと左手(北西)に集合場所のJR弁天町駅。
東側が改修されてメトロ高架駅に直結されるようです。
北方を眺めればヒョロンとした13階建ての建物。
某INNと読めますのでホテルなんでしょう。
案内コースは南して市岡元町公園の「断崖」を見に行きます。
盛土の高さを知ることができます。
戦災で焼け野原になったところに
相次ぐ台風による水害に耐えかねての盛土です。
今回のアングルは、市岡東中学校から東面して市岡高校を眺めました。
写真図2 盛土の上に建った中学校下からの高校の眺め

レベルの違いが歴然としています。
中学校の校舎は盛土の上、
高校は当時の市電道「みなと通」の高さのままです。
授業中、校舎の窓から西方、中学校の建っている方を眺めてました。
嵩上げの最中でボコボコの盛土の土塊だらけでした。
港区から来ていて家が土地区画整理事業中の同級生がいました。
可哀想やなと思ったりもしてました。
かつての電車道を西進し磯路三丁目の桜通りに出ました。
写真図3 磯路三丁目の桜通り

散歩中のお婆ちゃんご免なさい。
気が引けて介添えの方をアングルから外してしまって・・・・。
実は桜並木が伐採されるとの報を、
この春、貼り紙と大阪市のHPでも見ました。
ところが大丈夫でした。
磯路小学校の見守り隊をされている方に訊ねました。
「桜の木は切られるのんちゃいますのん?」
「いいえ、悪いのだけを抜いて、後は残しますんです。」
耳を疑って二度まで訊ねました。
通りすがりの者でありながら、盛土で緑のない土地に
何とか花を咲かそうろされた、地元の先人の気持ちが、
踏みにじられるやと懸念していただけに安堵しました。
大正末から昭和の初めにかけて、短命に終わった、
遊園地・市岡パラダイス跡の自動車教習所を廻って
夕凪の交差点から尻無河畔に向けて南行しました。
昔の校歌に謳われた〽秋、尻無の櫨もみじを確認したくて歩きました。
今年も一群れ確認できました。
何よりも尻無川水門を少しばかり上流からのショットを決めました。
写真図4 尻無川水門

右(北)に櫨もみじが配されるのですが、逆光線で判然としません。
「水都大阪」の異観というべきか?
1975年に建設された、この水門も50年以上を歴て撤去される運命です。
そのうち痛々しくも櫓を組まれて壊されるのでしょう。
今が最後かと思いながら眺めてました。
上流に京セラドーム大阪の丸屋根が遥かに見え隠れする中を
対向車に慄きながら東進し、得心のいったところで、
堤防下の街に下りました。
お目当ては地ビールの「地底旅行」への御案内です。
機械工場跡地に出来たビアホールです。
写真図5 機械工場跡地に出来たビアホール

当日も「勤務中」ですので覗くだけですが、
このような、かつての工場街にあって、
オアシスのような場所があるんやとお知らせしたいのです。
ボクが退職した時、宴を開いていただいたことが思い出されます。
あれから、とうに10年以上経ちました・・・・。
あれやこれや来し方行く末に思い巡らせながら2,3時間、
ひとり下見をしてきました。
大阪あそ歩「市岡尻無川コース」の詳細、お申し込みは
↓ここにアクセス
https://www.osaka-asobo.jp/course293.html
危険な道を歩きます。
小人数で、いつものように和気藹々と御案内したいものです。
大阪民俗学研究会代表
大阪区民カレッジ講師
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登