万葉集に詠まれた「難波」(1) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

歌枕「難波」を取り上げつつありますが、
『和歌文学大辞典』2014年古典ライブラリー
「歌枕」(増田繁夫)によりますと、
「名所」ともいわれていた地名を、
特に「歌枕」とも呼ぶ用法が生まれてくるのは
平安中期以後とあります。

 

遡って万葉集の時代、
奈良時代後期8世紀半ば過ぎの以前の
「難波」や如何?
まず手許の*『万葉集総索引〈単語篇〉』の
「難波」(なには)に当たりました。
    *『万葉集総索引〈単語篇〉』:
   『万葉集総索引〈単語篇〉』(1974年)正宗 敦夫 (編)平凡社
「難波」(なには)の項につき、
題辞等を除き歌辞のみ抄出、編集整理しました。

 

その結果、39例検出しました。
当該の「難波」を含めて
場所を指す事例が多く、34例87%です。
場所以外の事例もあります。

まず場所以外の「難波」を冠する語彙は
いずれも1例ずつ、以下のとおりです。
 -田舎/-人/-壮士(ルビ:-ヲトコ)
 -の菅(ルビ:スゲ)/-菅笠(ルビ:-スガガサ)

以下、テキストを手許の*「集成本」とします。
 *『集成本』:『萬葉集一』(新潮日本古典集成(第6回)1976年発行)
       『萬葉集二』(新潮日本古典集成(第21回)1978年発行)
       『萬葉集三』(新潮日本古典集成(第41回)1980年発行)
       『萬葉集四』(新潮日本古典集成(第55回)1982年発行)
       『萬葉集五』(新潮日本古典集成(第66回)1984年発行)

 

場所以外では「難波田舎」という言葉があります。
巻3,国歌大観番号312番歌で『萬葉集一』を引用します。
題辞は以下のとおりです。
◆式部卿藤原宇合卿、
 難波の京を改め造らしめらゆる時に作る歌一首

難波宮改造の完成は
天平4(732)年とテキスト頭注にあります。
歌は以下のとおりです。
◆昔こそ 難波田舎と 言はれけめ
 今は都引き 都びにけり

テキストの頭注にあるように
「難波田舎」とは当時の中央である
平城京の人々から、難波を蔑視した言葉です。
奈良朝における「難波」風聞です。

 

「難波人」「難波壮士」や如何?

「難波人」は巻11-2651番、「難波壮士」は巻4-577番です。
『萬葉集三』から「難波人」を引用します。
◆難波人 葦火焚く屋の 煤してあれど
 おのが妻こそ 常めづらしき

「おのが妻こそ 常めづらしき」とは、
古女房に対するおのろけの歌です。
古女房を引き出すのに借り出されているのが
難波人が住む煤けた家居です。
ここでの「難波」と「葦」の繋がりは、
歌枕の時代にも引き継がれます。

 

『萬葉集一』から「難波壮士」を引用します。
◆大納言大伴卿、新袍(ルビ:しんぽう、礼服である束帯の上着)を
 摂津大夫高安王に贈る歌一首
 我が衣 人にな着せそ
 網引きする 難波壮士の 手には触るとも
 
「網引きする難波壮士」は「摂津大夫」の見立てとあります。
「難波壮士」をテキストは
「田舎くさい難波男」と形容しています。

なんとも「難波」という語は万葉集では
下卑たものとして洒落のめすのに用いられているのでした。
今日の「大阪」は如何でしょうか?

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登