市章「みおつくし」の謎 | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


2013年3月に閉館された
「なにわの海の時空館」の現況を
確かめに2016年6月18日(土)歩きました。


廃墟となった「なにわの海の時空館」、
古代船の展示を確認したところで、
往路、見つけることができなかった
大阪市の市章「みおつくし」の場所を突き止めたくなり、
復路は浜道でなく丘道を探索することにしました。

往きの道では
虫採りにやってきた小学生たちに

一枚の写真を見せて訊ねました。
写真図1 小学生たちに見せた「みおつくし」の写真



2008年春の写真です。
子どもたちは
こんなのを見たこともないと言います。
往路、しばらく一緒に探しても見つからず、
松の木が傍らに生えていることだけ
子どもの一人から指摘されました。
なるほど浜道の上、丘道の下には松が植わってます。


復路の丘道から探すことにしました。
ふと「なにわの海の時空館」を振り返りました。
写真図2 丘道で振り返り見た「なにわの海の時空館」



あまり整備もされていないのか、
草が生い茂ってます。


浜道との分かれ道まで行き着いたところ、
散歩中の老夫婦と出会いました。
80才に手が届くと仰る方ならご存じであろう。
このあたりに確かにありましたなぁということで
御主人と二人で背景の夢洲の燈台の位置を手がかりに
写真の場所を特定しにかかりました。  


どうやら「立入禁止」の囲いの場所が
市章「みおつくし」の立っていた場所のようです。
今は囲いには「みおつくし」の棒杭がありません。
丘道をみやりますと
「みおつくし」の説明板が見つかりました。
写真図3 「みおつくし」の説明板のある丘道




「みおつくし」説明板には
次のように記されています。
●みおつくし(澪標)は、
 古代難波津の時代から
 大阪の港に立てられていた航路標識です。
 大阪の繁栄は、昔から水運と出船入船に負うところが多く、
 人々に親しまれ、港にもゆかりの深い「みおつくし」が、
 明治27年(1894)4月大阪市の市章となりました。
 設置者 大阪市/大阪市市章「みおつくし」


推定「みおつくし」設置場所をカメラに収めました。
写真図4 推定「みおつくし」設置場所



確かに往路、小学生が指摘してくれた
松の木が植わっています。


この件につき、
ボクの推定が正しければ
そもそも、どうして大阪市市章「みおつくし」が
こんな場所に立てられたのでしょう?
顕彰の意味があるのなら
何の記念なのでしょう?
あるいは「なにわの海の時空館」という
市制100周年記念事業との関係や如何?


そういった顕彰物が
現在、引き抜かれているのには
何らかの事情があったのでしょうか?
まさか海事博物館をめぐる
一連の存廃の騒動が控えている?
というようなことはあるまい。
依然、浜に立てられていた
復元「みおつくし」は謎だらけです。


近々、所管の部署からの
回答が得られそうです。
今回は、ここまでにしておきます。


究会代表 田野 登