オーラルヒストリー入門(6) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

今回は伝記(バイオグラフィー)への
オーラルヒストリーからの切り口を示します。

該書の第8章が
「オーラルヒストリープロジェクトの諸相-伝記(バイオグラフィー)」
であることは、前に記しました。

伝記がこの分野の研究領域として
いかに重要な領域であることかを知ります。

それでは伝記とは何かの確認をします。
辞書『広辞苑第六版』には次の記述があります。
●個人一生の事績を中心とした記録。「偉人の―」「―作家」


この記述は「伝記」の第一項目です。
まず記録であることです。
伝記の記録は口頭=オーラルの規定はありません。
たいてい文字情報の形の「記録」でしょう。
内容は「個人一生の事績」であります。
「伝記」もまた文字として綴られた情報であって
一つの言説とみます。

そうとなれば伝記は文学作品なのか
歴史記述なのかの疑問が生じます。

該書には次の記事があります。
●伝記は、あるときは文学のひとつのジャンル、
 またあるときは歴史とみなされる。
 リチャード3世の伝記作家である英文学教授のポール・ケンドールは、
 「伝記は純粋な文学の領域に属する」と断言している。
 歴史学者で伝記作家のB・L・レイドは、
 「伝記の本質は事実であり、それに形を与えるのは時間である」ため、
 伝記を歴史の一部門として規定する。


同じ伝記作家でも
英文学と歴史学の研究項目の相違
によって
異なる見解が示されています。
そこで該書はどのようなスタンスで望んでいるかです。
次の引用文は、前に挙げた箇所の続きです。


●私の考えでは、伝記は学際的試みだ。
 伝記執筆者は、
 歴史研究の手法や概念を移用しなければならないが、
 同時に、心理的洞察力、
 グループにおける個人に対する社会学的な視点、
 そして自身の文化における個人を理解するための
 人類学的手法の採用する。
 精査の対象となっている人生のナラティブの中に
 読者を引き込むには、
 伝記執筆者は文学作品にふさわしい
 文章スタイルやナラティブの技法に配慮しなければならない。


いくら「学際的試み」とはいえ
いくつの学問分野を挙げたのでしょう。
歴史学、心理学、社会学、人類学、文学。
ここまで展開すれば、総花的になります。
このいささか錯綜した分野を
「国文学」出身で
「民俗学」を追究している(と自負する)ボクが
自分なりに整理してみることにします。


ひとつ欧米からの「伝記」の概念が
移入される以前の日本では
「伝記」に該当するジャンルが存在したのかの
問題から考えてみましょう。


たまたま浦江(大阪市福島区鷺洲)の
伝承を渉猟していた時代、
浦江の聖天さんこと了徳院を訪ねました。
そこで院主さんからお見せいただいたのは
手書きの『大聖歓喜天霊験経和訓図会』の抄出複写でした。
話のおもしろさに惹かれて
夢中になって読んだことを覚えています。

そこには「北国に冨嶽の夢見て兄弟高運之事」の項があり
淡路の海商・高田屋嘉兵衛の霊験譚が記されていました。

以下、拙著2007年『水都大阪の民俗誌』和泉書院の
記述に基づきます。


写真図 拙著2007年『水都大阪の民俗誌』

      和泉書院のチラシ




本文の展開は、
〈貧窮時代→天尊への日参→霊夢→

夢解き→家業繁栄→家滅亡〉からなります。
このストーリー展開は
嘉兵衛の「一生の事績」を縦糸に綴るものです。


このような近世刊行の書物は、
今回、取り上げている欧米発の「伝記」というジャンルと
直接交渉のなかった時代でありながら
該書の提起にかなうところが多々見られます。


次回、『大聖歓喜天霊験経和訓図会』記事の
真偽をめぐって
どのように取り組んで来たのかと云った
ボクの体験談を絡めながら
該書にある「文学か歴史か」と云った問題を
取り上げることにします。


究会代表 田野 登