前回10月18日に第1回を載せました。
↓ここをクリック
http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11940588211.html
そこでは
「新たに手にしました「冨竹」記事を交えながら
今は消えた地名「浦江」のことを
原地形を探りながら紹介してみようと思います」と
記しました。
今回は新たに入手したというより
10年程前、原稿を書くために一部分を読んだなり
放っておいた資料を今回、一通り読みましたのを
ブログアップします。
書名は『大阪繁昌雑記』です。
二篇からからなり該書は第二篇です。
この書につきましては
2013年1月28日アップの
本ブログの「浪曲小屋のあった時代」にも
http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11458660636.html
少し触れました。
この書に「冨竹」の二字は出てこないものの
早い時期にこの料亭および、その周辺を
記述したものと考えます。
写真図1 『大阪繁昌雑記』二篇14ウ、15オ
大阪府立中之島図書館所蔵
テキストとしました書物の奥付は
以下のとおりです。
●明治十年九月六日御届/仝年十二月刻成出版
編輯者 静岡県士族 奥沢信行
大阪府下第一大区五小区南本町壹丁目八番地寄留
出版人 大阪府平民 吉岡平助
大阪府下第一大区八小区備後町四丁目三十番地
「奥沢信行」を「編輯者」と記します。
テキストを所蔵する大阪府立中之島図書館のHPの
https://www.library.pref.osaka.jp/site/nakato/
書誌情報にも「編輯者」とありますが、
国立国会図書館のHPには「著者」として挙げています。
ちなみに鷲原知良「『大阪繁昌雑記』より「浦江の蓮花」」
(『都市文化研究』25号、2001年6月)は
「編著者」と記しています。
本文である漢文に頭注が施されているものの
序にも「奥沢氏」の他、この書に関わった人物の名前が
記されていないところから、
鷲原知良氏が記した「編著者」と見るのが
妥当かと思います。
ずいぶん、初っぱなから
御託を並べましたが、以下にテキストを紹介する上で
テキストの成り立ちを確認しておきたかったからです。
次回からテキストの本文への若干の解説を試みます。
その際、自注であろう頭注を引用することにします。
大阪民俗学研究会代表 田野 登
